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    安西冬衞頌 《砂漠の行者が臥(ね)てゐると鴉が食物を運ぶ》

    亞細亞の黑鵶鵶

     新疆ウィグル民族自治區に暮らす全きに罪なき民に
     想いはせつつ
     居庸關頭で歍唈する鴉とともに。
     もしくは鵶,啞。嗚啞する黑河,すなわちいまだうちつづく
     亞細亞の黑鵶鵶
    を哀咽する。
     そして
     いにしえの樓蘭王と,さまよえる湖(羅布泊)をおもい・・・・。
     フェルガナの汗血馬を,劉徹の遠望と侘をおもい・・・・

     *= Bū  金の布と畫くはPlutoniumのこと也,と。
     *羅布=Luóbù   羅布とは遍在すること也,と。


     Correspondence 3―墨 鴉 墨鴉 小篆

    わたしはそもそも内蒙古や大戈壁の西のことに知識も
    無く。地理に,また地理學にくらい。
    象徴詩としてよめばこの鴉がなになのか・・・・は,
    朧氣のなかにも確信するところある。
    その一, Opium。
    このことは,この時代の中國,東北部,に詳しいものなら
    ジツはだれでもわかることだ。 
      
    その二, というところを。

    金文 才 
    鴉は翰墨, すなわち文翰だろう。
    鴉は,“文”,すなわち “才” の
    こと,もしくは “采” のことだろう。 
    『説文解字』によれば “采”の原義は葬でもある。
    文は墨,墨は黥にはじまる。亦逆も然り。

    耽溺する一篇といってもいいか・・・・。
    《砂漠の行者が臥てゐると鴉が食物を運ぶ》
    解かりきらずにいるくせに,異常に好きである。
    そんなことはよくあるのだ。
    とても惱ましいし淫迷惑亂とするばかりなのだが・・・・ 
    わたしが,最初に讀んだ安西冬衛の詩集が昭和八年の詩集
    『亞細亞の鹹湖』の,その鉛重の一撃撞衝,揺れさだまらぬうちに
    手にしたのが,『大學の留守』であったという個人的な思い入れもある。

    《砂漠の行者が臥(ね)てゐると鴉が食物を運ぶ》
                                   安西冬衛

     私は官の命を奉じて々流沙の瀕に使(つかひ)した。併し曾少量の磚茶*以外に食物を携行したためしはない。餓を覺える時は所在の鴉を屠(はふ)つて辨じればよかったからである。人によつてはかかる行を忌み嫌ふであらう。併し私は毫も意に介しなかつた。却ってむしろ千年の壽を完(まつた)うするものと信じてゐる。が,私の肝腎はためにおそらく涅*(でつお)されてゐるだらう。が,これこそいかなる惡吏も亦敝鬼*(へいき)も傷(やぶ)ることの出來ない礙竄*(がいざん)だ。されば私の鴉を用いて齒(よわひ)を延(のぶ)る説法もゆえないことではないだらう。
     私は曩(さき)に阿爾泰*辨大臣の任を罷めて京師に歸り,ふたたび*(こん)外に使することもなく,十刹海のほとりにかうして隠れてはゐるが,老來頻りに翼々たるものがある。日常私は磚茶を喝する他,鴉を炙つて喫する習慣を未だ廢てない。
     曾て折衝の場(には)にまみえた俄*人の間にはCherni Wuの綽號を以て私は識られてゐる。これは今日も猶,交民巷*で通用するつもりである。同胞は却つてこのことを知らない。
      由來蒙古の地は鴉を以て天下に名があがつてゐる。 ことに阿爾泰山系をめぐる一帶は往々地名に烏字を冠することによつて立證される如く,都邑驛亭ことごとく啞啞(あくあく)ならざるはない。一體この夥しい鴉は奈邊より興つて,かく宇宙に方行するものか。私はそれを査(しら)べたのだ。子書に「兩者交接成和而萬物生」とあり,又「川爲積刑」とある義理よりして,私は必ずこの不祥な形質の発祥地が,二つの河の交會點に相違ないと斷じたのだ。
     私は謬(あやま)たなかつた。
     地圖を按ずるがよい。實にそれは翁金河*,黑河*,二水の交はるところに一(はじま)るのだ。
     尤も現行の地圖には「中華現勢大地圖」にしても「輓近華夷一統圖」にしてもこの兩河は決して交接してゐない。大戈壁*に塞がれて翁金河は烏蘭泊*に黒河は居延海*にそれぞれ流注することになつてゐる。併しこれは浮疏*(ふそ)の書の教ふるところで固より信憑をおくに足りない。現に私は馬を進め親しくその地を原(たづ)ねてきたのである。世にも深微な文章をもつて大地を黥*するところ,二水は然(あきらか)に交わつてゐた。いかにもそれは累積黑業 の坩堝である。 鴉の精神は實にこの涅墨*(でつぼく)に發する氛*(ふんれい)より彷佛として現ずるのだ。
     それは阿爾泰山彙の皴皺*(しゅんしう)に生ずる地氣と糅(まじ)つて東に舒び,ひとたびは冲(むな) しく復た究め難いが,忽ち險窄にあふや兀*(ごつ)として形埓*がある。
    toriu.jpg  すなわち鴉である。  
     曾ては烏得の地で,甫(はじめ)て形埓*(けいらつ)があつた。烏得は併し夷敞*(いしゃう)して昔時險窄の跡は最早どこにもない。今日の險窄は直隷の居庸關*である。居庸關頭, ひとは鴃吧*(げきあふ)の聲を耳にするだろう。それこそ鴉の魂魄の黖黖*(きき)として物質(さだ)める時と知るがよい。

     『大學の留守』  
    (昭和十八年十二月 湯川弘文堂)



     老文明。二川の間に牀捲ける。

    地名の説明

    *阿爾泰=アルタイ
    *十刹海=北京地安門外,別稱を河沿
    *俄=ロシア。俄羅斯
    *交民巷=北京西交民巷のこと
    *黑河=黒龍江,アムール川
    *大戈壁=大ゴビ沙漠
    *翁金河=蒙古の河の一。北に流れ
      北海にそそぐ蒙古國後杭愛省,モンゴルの地理に
      うといわたしにはよくわからない。源は三音諾顏部の故地
    *烏蘭泊=Ulaanbaatar ウランバートル
    *居延海=内蒙古自治区Juyanhai,
      漢代は居延澤,唐代以降西海
    *直隷=河北省の一部,民國初頭までは
      熱河やチャハルも管轄だった
    *居庸關=いわゆる“天下九塞,
      居庸其一”長城上の塞の一



    漢語の説明

    *磚茶 zhuān chá=團茶。茶葉を蒸して煉瓦型に押し固め乾燥させた茶
    *烏と鴉は中國ではふつう阿芙蓉のこと
    *敝鬼 bì gui =死後の霊魂,魑魅 鬼
    *涅汙 niè wū =染汚のこと よごれ
    *礙竄 bì gui =碍竄性のこと不可入性,二つが同時には存在しえないこと
    * kun  =しきみ,閫外は閾の外側
    *「兩者交接成和而萬物生」=『淮南子』《覽冥訓》から
            陰陽,同氣相い動く也
    *「川爲積刑」=『淮南子』《墜形訓》
        地形凡て,東西爲緯,南北爲經,爲積德,川爲積刑,高者爲生,
        下者爲死,水圓折者有珠,方折者有玉。清水有黄金,龍淵有玉英。
        土地には各おの其のもって類生あること,それ故に,
        山氣多男,澤氣多女,障氣多喑,風氣多聾・・・・等等
    *累積黑業 = 知らず知らずに行うところの業,くらいの意味か

    *浮疏 fúshū=いい加減なもの,位の意味か,粗疏
    *黥 qíng = 入れ墨の刑罰 黥刑
    *涅墨 niè mò= 涅墨之刑 これも古代の五刑の一,つまり入れ墨
           ちなみに刑罰とは關係が無いが涅白は不透明の白のこと
    *皴皺 cūn zhòu=つまり皺がより波紋のようなものができる
    *夷敞 yí chanɡ=平坦で廣いこと

        兀字 甲骨文 金文 小篆

    *兀=wū ごつ 音はWu
        地形のことをいうならば高く頂が平坦なさま禿山のこともいう
        茫然无知,白痴あるいは高の意もある そこから孤單,孤獨・
    *險窄 xian zhai=峻険で狭隘,狭窄の地形
    *鴃唈 jué ,yi= 鴃は伯勞鳥の聲 唈は低い聲で哭泣。
             百舌のなくような聲で陰鬱に哭す,くらいの意か
             鴃舌といえば,外国人のわけのわからない言葉を
             さげすんでいうときに使う言葉でもある。ただ※↓
    *黖黖 Xixi= 暗く曖昧にして不明貌。“芒芒黖黖,慌罔奄歘”(左思)
            『文選』李善注によれば “黖黖”は不明貌。”

    *形埓=易は形埓なし,易は變じて一となり
    *烏得=烏得勒支ユトレヒトではなく,烏を得る地のことだとはおもうが

       

     《墨 鴉》   Mo ya  

      詩聲悉地黑河涯   Shīshēng xīde Hēihé yá
      空闊厚天陪伴鴉   Kōngkuò hòutiān péibàn yā
      春瀝泥茶鹹湖涅   Chūn lì ní chá Xiánhú niè
      塵風埋字墨流沙   Chén fēng mái zì mò liúshā

         
         平聲十八 麻< 涯,鴉,沙 (茶)
                               2013-11-05

     解題:安西冬衛に



     忽來案上翻墨汁,塗抹詩書如老鴉 ―― 盧仝

    黑 金文   ところで “比喩書畫拙劣” を墨鴉 mò yā と謂う
     可笑しい。
     安西冬衛の魅魑とは。 
     わたしにとって “黑鴉鴉” すなわち黑暗无光,
     昏冥の魆魆 なのだ。

     雍門周が孟賞君に見えた逸話で,孟賞君が哭泣したとき
     『淮南子』《覧冥訓》では,增欷歍唈流涕狼戾不可止との表現がある
     わたしの氣分では鴃唈は歍唈のほうがしっくりとくるのだ)

              garlleriacanotyronabrtop1.jpg

    ワタクシゴト 我嗟塗鴉
      わたしはこれまで,何度となくひとから “からす”という渾名を
     それとなく侮蔑的に頂戴してきた。  
     わたしはじつは鴉が大好きだ。だから當人至極ご満悦だった。

     都會に住めばと早朝イヤでも鴉は目に入る。  
     朝の日の光をあびて 黝(あおぐろ) く耀く羽はつややかに燦(さん)としていて
     美しい殷黑い眼をしている。 
     膩澤の黑粧裝。 
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    Author:詩囚

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