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    倶亡

    La nuit

    崩落しかけている佛像を戀ふ,
    骸。
    そこにゐない,
    まなざしはまなざさず,
    形。
    信仰已銷烕,猶如倶具現。 

    それを。
    殘といふか空といはぬのか
    宙宇につながらぬのか。

    かつて菩提薩埵
    ―बोधिसत्त्व bodhisattva―
    菩薩發心の現場があつた,
    はるかなる過去,のみ。それのみが阿僧祇につながつてゐる
    つながりつづける,一切ならぬ全體,その記憶






     甘肅省 天水市麥積山石窟の佛像が大好きだ。
     保存状態はおそろしく惡い,手先が毀れ,肌膚は頽れ。悽悽として竚立する。

     寂滅の途半ば,淒慘な表情のまま凍りついたようなものもある。
     左魂右魄啼肌瘦・・・・
     永く永く くりかへしくりかへし 續けられる
     戰亂兵燹の歴史。
     中央亞細亞の嚴しさ厲しさが時空を超えて保存されている。
     さらに人間の妄執。滌拂出來ない結習。 無餘に至らぬ有餘涅槃。

     涅槃に至る夜。去ってしまったものたちの
     除きとったばかりの
     脱離の殘滓が浮かび觀え得てしまうような。
     度ったばかりの
     解脱の殘響が底から聽こえてくるような。

     殘された苦修者の菩薩の群れは,無劫の時間からこぼされおちたかのように。
     しかし静寂が確かに在るようにも思える,現場にたてばどうだろうか・・・・
     わたしは行ったことがない。
     いつか,行きたいと,纏病弱身・・・・には憧れに終わるかもしれないが。

     あるいはただ存在を如實にあらわす菩薩像の羣れもある
     人間のおろかさを感じずにはいられない。
     無常を咒う姿。聖俗をこえた空虚。
     ここに洞悉された天機などない,信仰もなく崇拝もない。

     ただただ分斷された六朝の,劉宋から齊,西魏北魏,北周
     ―天地離阻,神人慘酷―という歴史。
     江南の書香はない,,。灑爽典雅なく風光月霽・・・・もない・・・。

     しかし,わたしは,無念が痛切に感じられるものが好きだ,
     この性情はいかんともしがたい。
     忼慨壯士不得志。枉抛心力無殘夢

     わたしが佳い,と思うものばかりを選んだのでそうとうに ブキミ ですがね。
     ご興味あるかたはこちらで御覧ください☞ 天水麥積山菩薩像

     大陸に殘る齊以降,いわゆる北魏佛。
     わが國の佛像の祖形ではある。

     わが國の佛像は・・・・靜謐を湛えて細やかに,かつ力強い曲線,
     清冽にして柔和な表情と肢體, まごうかたなく倩美の造形。
     そうした日本の佛敎美術としての壓倒的な存在感,には比すべくもない。
     しかし麥積山石窟にはそうした造形美,冴えた美しさとは異なる存在感がある。
     そして實は敦煌莫高窟とも異なる。稠密な信仰の空間ではない,

     惨憺たる穢土塵埃を殘してもっと無殘,・・・・菩提薩埵のなれの骸無骸だ 
     わたしはすくむように,おののくようにいたみこのむ。惶懼し疼愛するのだ
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    Author:詩囚

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