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    安西冬衛 《黑き城》 『渇ける神』 (一)

    he1.jpg

     黑き城
       
     一
     すべては轉瞬のことだつた。
     ――賊だ!
     といふ從者の絶叫と同時に,護衛の官兵が反射的に長銃を投げ出した。…

     そこまで私は覚えてゐる。刹那,モーゼル銃彈の風撃傷に,昏倒したのである。
     意識を回復したとき,私はすでに馬背に緊縛されて,賊に拉致されてゆく途上だつた。最早そこには部下の姿も從者の影も見えなかつた。賊の隊伍は私を中心に半哩(マイル)に垂(なんたん)たる單縱列で無数の沼澤を渡渉して,日没近く矮小な泥楊(ネグンド)を周らした泥甸子(濕った野原の義)といふ部落に到着した。私はここで假に緊縛を解かれて陋屋の一室に留置されたのである。
     當時私は松花江開發工程の汽船藥殺號S.SJA’XARTESに搭乘そして,三姓*(さんせい)=拉哈蘇々*(うはそそ)間の水道を測量中だつた。その日――七月五日葦塘(ゐたう)(蘆の生えた堤の義)まで下江した。一行はそこで假泊して,折角晝食を摂つてゐたのである。この沿岸は一帶黒龍江省綏濱縣下の所謂河沿淤漲(おちゃう)地で,見渡す限生葦の靑紗(せいさ)を連ねてゐる。賊は突然この靑紗を衝いて蜂起したのである。彼等の一隊は威嚇射撃で先づ「藥殺」を壓迫した。一方他の一隊は戎克(ジャンク)を艤して,背後から「藥殺」に殺到した。
     屠殺,掠奪,破壊,遺棄――十分を出でない裡に,一隊は早くも私を拉して生葦のなかを走行する。三十分の後には他の一隊が,私の部下從者「藥殺」の乘務員等を對岸に追放した。富克綿工程處宛の金員武器引渡し要求書とともに。同時に彼らは富克綿=拉哈蘇々間の電信線を破壊したとのことである。鄂來木に駐屯する官兵との連絡を斷つために。
     賈して私は拉致されてきたのである。
     三閲月の私の抑留生活が茲に始まつた。 

     
               yaku.jpg 小篆 藥

    *三姓,拉哈蘇々
      ともに實在の地名,哈爾濱(ハルピン)の近郊。
      拉哈蘇々に “うはそそ”,とルビがあるが中國語の発音は
       Lā hā sūsū,あるいは誤植かもしれない。
      どちらも日露戰爭後在外公館が置かれ1909年には税關があった
    *鄂來木=わからなかった。音はÈ lái mù ウラムー。
      ぼんやりと思うのはカザフとモンゴルの國境邉りだが。どうか,
      地理的に離れ過ぎる氣がするが,當時馬賊の行動範圍は廣かった
      ようで日本の日露戰爭やシベリア出兵は馬賊に大きく負っていた
      部分もあつた,よく知られる満洲馬賊の張作霖は日本に協力して
      東北を領有する大軍閥となるきっかけはロシアのスパイとして
      陸軍につかまったからだ。
    *モーゼル銃は當時,所謂ところの,“滿洲馬賊”は必ず持ってた。
      馬賊,村の安寧を脅かす匪賊であるが,一面,各農村には
      こういった武装組織を自衛のため保衞團として養うこともあったその
      村では掠奪などの非行をせず保衛をしつつまた遠くに“出稼ぎ”する,
      というしくみが暗黙の内に出來上がっていた。

    (小さい括弧はふりがな,大きいものは安西自身の注*は引用者 以下同)

     

     黑き城
     二

     蒸し暑い晩だった。
     ほの暗い落花生油のランプの下に,軈(やが)て彼等の食事が開かれた。器皿の音,噉粥(たんじゅく)の聲,喧紛(けんぷん)たる口舌(くぜつ)―嗷騷は密閉した室内の空氣をかく亂して,激烈な頭痛を催させた。一椀の包米(パオミイ)が自分にも分たれたが,食欲は全然起こつてこなかつた。そのうちに食事は漸く片付いたが,續いて阿片の吸飲が始まつた。ために唯さへ溷濁(こんだく)した室内は燻る煙膏の惡臭と熱氣に汚されて,窒息しさうな胸苦しさを覺えさせてきた。私は眩暈(げんうん)と噎嘔(えつおう)に惱まされて,瞬く毒の滔(ながれ)のほとりに徹宵まんぢりともしなかつた。
     かくして,旧暦五月の短夜,併し私には長い長い抑留最初の一夜も,漸く白みそめてきた。
     明けて七月六日。この日賊は,甸子を發足,終日又沮洳(しょじょ)地を渡渉して,夕べに至って沴泡子(惡氣のある沼の義)といふ部落に駐(とどま)った。
     一體,前日來渡渉してきたこの地方は部落の呼稱が表象してゐるやうに,松花江,敖拉密河*,蓮花泡*の三つの水路に圍繞されてゐる沼澤地帶で,處處に密林を點綴した大濕原はその廣袤(くわうばう)を茫茫黒龍松花二江の交會點まで展開させてゐるのである。そして又この密林はそのほとんどのすべてが,亞細亞罌粟の秘密栽培地と,どんな地圖にも記載されてゐない開墾者の部落を隠匿してゐるのである。賊は毛裡的胡子*(マオリー・デ・フーヅ)と呼ばれてゐるこれらの森林馬賊はこの部落を目的に密林から密林へ絶えず移動を續けるのであつた。それは討伐の官兵から蹄跡を晦ます一方罌粟栽培者から必要な物資を徴發するためであつた。

     罌粟秘密栽培者と匪賊。この兩者は,相互扶助の關係に立つてゐる。則ち前者が後者に必要な物資を提供するその代償として,後者は前者を保甲するのである。ところがこれは後日判明したことであるが,ここに肝心の官兵までがこの兩者と暗默裡に結託してゐたらしい。實際そのためであつたのだが,討伐の手は容易に延びてこなかつた。
     そのうちに私の健康は日に増し惡化していつた。剩(あまつさ)へ時恰も雨期に際會して,陰雨は連日この地方を閉ざしてゐた。
    掩ひ下る濛雨と立ち上る瘴氣は,困憊した心身を犯し,遂に私を惡性の熱病の擒とした。病竈(びょうそう)は私の膝關節を蝕み,屈伸の自由を奪ひ,さらに進んで歩行をさへ困難にした。
     その以前から私の衰弱を怖れてゐた彼らは,頻りに阿片の服用を奨めてゐたのである。阿片は單に促快劑であるばかりでなく,醫療機關をもたない彼らにとっては實に萬病藥(パンタゴグ)だつた。只自分としてはその中毒を怖れて,疼痛を忍び乍らも彼等の奨めを拒んできたのである。併し最後には患部の激痛に堪へかねて,無我夢中に煙土*を嚥下した。
     覿面,それは神の効用を齎した。
     私は貪つた。
     惡魔はかうして私の肉體に浸潤し始めたのである。
     普通に中毒症状の現はれるといはれる三週目が,さうして經過した。その前後から私は胃の上部に鈍壓を自覺し始めた。紛れもなくそれは,小亞細亞で黑き城(アフヰフム・カラヒサル)と謂はれてゐる怖ろしいモルフィンの中毒徴候(トキシツク・シンプタム)だつた。悪魔の津液*は蓄積して黑き城を構築する。茲にして人は最早その警(いましめ)から迯れる術はない。
     私は二重の警に,今は陥つた。
     縱(よし)や賊の警を釋(ゆる)さるる時が來ても,黑き城の警を解き放たれる日は最早無いであらう。絶望の眼に映る日差しは,すでに物悲しい秋の色を帶びてゐた。公司との交渉も,その後武器引渡しの問題で停頓してゐるらしかつた。かかるうちにも光陰は慌しく遷つて九月も早なかばになつてゐた。
     囚われた日からの穢れた輕衣を透して,昨今朝夕の冷氣が一段と身に沁みた。


     *蓮花泡=吉林省敦化市蓮花泡
     *敖拉密河 áo lā mì hé=不詳。
                ただ吉林省二密河(èr mì hé)のことではないか
     *胡子=húzi フーズ,鬚づら,
     *沮洳=土地が低くて水はけが悪く、いつもじめじめしているこ
     *噉粥=啖粥におなじだろう
     *廣袤=字の通り。擴がり 空間
     *煙土=阿片のことを“土”という。煙膏も同じ
     *津液(しんえき)は漢方の語。津(陽性の水分,汗や尿など排泄される)と液(陰性の水分,からだの中をゆっくりと流れる骨や髄を潤す。)

         金文 黑 koku.jpg       金文 城 siro.jpg


     三

     それは九月二十四日のことだつた。
     賊は前日來更新を續けて,この拂曉忘れもしない浥甸子の部落に入つてきた。見覺えのある泥楊(ネグンド)。抑留の第一夜を過ごした陋屋。心なしか嘱目のものみなに一脈の和氣が漂つてゐる。釋放の日が近いのではないだらうか。
     意外,この予感は軈て現實となつたのである。
     到着後賊の頭目はわたしを引見して,今日正午,釋放金と交換に私の授受が行はれる旨を告げた。
     日は輝いてゐた。喜色は自ら溢れてゐた。賊の面上にも。咫尺*の風物にも。そして又自分の胸奧にも。さうだ,一抹の暗翳を除いては。・・・・・・
     正午近く,屋上に彳(た)つてゐた哨者がすべるやうに下りてきた。
     公司からの使者が見えたのである。
     丁だつた。それは從者の丁だった。
     八十二日振の再會である。
     感極まって,二人は超えなき慟哭の裡に相擁した。

     私は救はれた。
     而もあの怖ろしき黑き城の警をも釋される日が來たのである
     健康地に移るに随つて,さしも執拗を究めた病熱も霧散していつた。
    それにつれて阿片中毒の症状も,自ら払拭されてきたのである。何らの醫療をも施すことなしに。
     奇蹟。
     私はこの事實を神に歸するよりほかに解釋がつかなかつた。
     醫師も亦,満足に價する説明を私に示してはくれなかつた。
     適(たまたま)南京駐在の國際連盟保険部常設阿片中央委員會嘱託哀教授は,予て私と辱知の仲だつた。旁ら私は今次の事件の詳報に兼ねて,黑龍江省綏濱縣下に於ける亞細亞罌粟秘密栽培の情況を教授に通報した。
     教授からは幾許もなく懇篤な慰問の辭に添へて,一九一九年一月發行の審査誌(エグザミサナー)を供覧にと贈られた。
     雜誌には,英蘭東部沼澤地方(ザ・ブローズ)に於ける阿片中毒の一異例に關する以下のやうな文献が載ってゐた。

     ノーフォークの沼澤地に居住する人士は,阿片を熱病の最良劑と
     して服用するも,之が爲毫も中毒に陥うることなく,疾病全癒せば
     また用ふることなしといふ。
    云云。

      昭和八年四月 『渇ける神』 東京椎の木社

    *咫尺=咫は周代の單位で八寸,尺は十寸。非常に近い距離のこと
     he3.jpg
     


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