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    Marcel SchwobⅠ 『少年十字軍』

      Marcel Schwob “La Croisade des enfants”

     氣まぐれに。
     マルセル・シュオッブ(1867-1905)の『少年十字軍』 を
     『少年十字軍』は1896年フランスで出版され,1915年上田敏の翻譯
     によって日本に紹介された。その白眉といえる美しい詩章(Récit)。
     《癩の章》 (Récit du lépreux) 
     癩やみは白い。白い頭巾をかぶり白衣を着る。
     そして人が近づかぬよう,自ら堅木を叩いて病を知らせなければならない。

    癩病やみの話  マルセル・シュヲブ  上田敏譯

    あたしの申上(まをしあげ) る事を合點なさりたくば,まづ,
    ひとつかういふ事を御承知願ひたい。

    の頭巾に頭を裹(つゝんで),堅木の札をかた,かた,いはせる奴めで御座るぞ。
    顔は今どんなだか知らぬ。手を見みると竦(ぞつ)とする。
    (こけ)のある鉛色の生物のやうに,眼の前にそれが動いてゐる。
    噫ゝ,切つて了(しま)ひたい。
    此の手の觸つた所も忌まはしい。
    紅い木の實を摘取ると,すぐそれが汚れて了ひ, 
    ちよいと草木の根を穿(ほじ)つても,この手が付くと凋(しぼん)んでゆく。

    「世の人々の御主(おんあるじ)よ,我をも拯(たすけ)給へ。」
    此世の御扶(おんたすけ)蒼白いこのわが罪業は贖(あがな)ひ給はなかつた。
    わが身は甦生(よみがへり)の日まで忘れられてゐる。
    冷たい月の光に射されて,人目に掛かゝらぬ石の中に封じ込められた,
    蟾蜍(ひきがえる)の如く,わが身は醜い鉱皮(くわうひ)の下に押し籠こめられてゐる時,ほかの人ひとたちは清淨な肉身で上天するのだらう。

    「世の人々の御主よ,われをも罪無くなし給へ,この癩病に病む者を。」
    噫ゝ,淋(さむ)しい,あゝ,恐い。
    齒だけに,生來の白い色が殘つてゐる。
    獸も恐がつて近づかず,わが魂も逃げたがつてゐる。

        1212年LaCroisade
                  La Croisade 1212

    御扶手(おんたすけて),此世を救ひ給うてより,今年まで一千二百十二年になるが,このあたしにはお拯(たすけ) が無い。
    主を貫通(つきとほ) した血染めの槍が,この身に觸らないのである。
    事に依つたら,世の人たちの有(もつ)てゐる主の御血汐(おんちしほ)で,この身が癒(なほ)るかも知しれぬ。
    血を思ふことも度々だ。この齒なら咬付(かみつ)ける。
    真白の齒だ。
    主はあたしに下さらなかつたので,主に屬する者を捉(つかまへ)たくなつて堪(たま) らない。

    さてこそ,あたしは,ワ゜ンドオム(Vendôme) の地から,このロアアル(Loire)の森へ下りて来くる幼兒(をさなご)たちを跟(つ)けて来た。
    幼兒たちは皆十字架(クルス)を背負つて,主の君に仕へ奉る。
    してみるとその體も主の御體,あたしに分けて下さらなかつたその御體だ。

    地上にあつて,この蒼白い苦患(くげん)に取巻かれてゐる
    わが身は,今この無垢の血を有(もつ)てゐる主の幼兒の
    頸に血を吸取つてやらうと,こゝまで見張つて來たのである。

    「恐れの日に當たりて,わが肉新(あらた)なるべし。」
    (みんな)の後から,髪の毛の赤い,血色の好い兒が一人通る。騎士
    こいつに眼を付けて置いたのだから,急に飛付いてやつた。
    この氣味の惡い手で,
    その口を抑へた。

    粗末な布きれの下衣(したぎ)しか着てゐないで,
    足には何なにも履かず,
    眼は落着いてゐて別に驚いた
    風も無く,こちらを見上げた。
    泣出しもしまいと知つたから,
    久しぶりで,こちらも人間の聲が
    聞きたくなつて,口元の手を離して
    やるとあとを拭きさうにもしないのだ。
    眼は他(よそ)を見てゐるやうだ。

       ―おまへ,何て名だ
    と質(きいて)みた。
      ―ティウトン(Teuton)のヨハンネス
    と答へる其の聲が透きとほるやうで,聞いてゐて,心持ちが好くなる。
      ―何處へ行くんだ
    と重ねて質いた。さうすると,返事をした。
      ―耶路撒冷(Jérusalem)へ行くのです,聖地を恢復(とりかへし)に行くのです
    そこで,あたしは失笑(ふきだ)して質(き)いて見た。
      ―耶路撒冷(イエルサレム)つて何處だい。
    答へていふには,
      ―知りません。
    また質いて見た。
      ―耶路撒冷(イエルサレム)つて一體,何だい。
    答へていふには,
      ―私(わたくしたち)の御主(おんあるじ)です。
    そこで,復(また),あたしは失笑(ふきだ)して,質いて見た。
      ―おまへの御主(おんあるじ)つて誰の事ことだ。
    答へていふには,
      ―知りません。唯,真白(まつしろ)な方です。

    此返事を聞いて,むつと腹が立たつた。
    頭巾の下に歯を剥出(むきだ)して血色の好い頸元に
    伸し掛かゝると向うは後退(あとすざり)もしない。また質いて見みた。
      ―何故恐くない。
    答へていふには,
      ―何の恐いものですか,真白な方かたですもの。
    この時とき涙はらはらと湧いて來た。地面に身を伏せ,氣味(きび)の惡い唇ではあるが,土の上に接吻して大聲に叫んだ。
      ―あたしは癩病みぢやないか。
    ティウトンの兒はしげしげと視てゐたが,透きとほつた聲で答へた。
      ―知りません。

    さてはわが身を恐がらないのか,ちつとも恐いと思つてゐない。
    この兒の眼には,あたしの恐しい白栲(しろたへ)が,
    御主のそれと,同じに見えるのだ。
    急いであたしは,一掴みの草を毟(むし)つて,此兒の口と手を拭いてやつて,
    かう言つた。
      ―安らかに,おまへの白い御主の下(もと)へ行け,
       さうして,あたしをお忘れになつたかと申上げて呉れよ。
    幼兒(をさなご)は黙つて,あたしを見つめてくれた。
    この森蔭の端(はづれ)まであたしは一緒に行つてやつた。
    此の兒は顫(ふる)へもしずに歩いて行く。
    (つひ)にその赤い髪の毛が,遠く日の光に消えるまで見送つた。

    「幼兒(をさなご)の御主(おんあるじ)よ,われをも拯(たすけ)給へ。」
    このかた,かた,いふ木札(きふだ)の音が,淨い鐘の音の如く,願はくは,あなたの御許(おんもと)までも達(とゞく)やうに。頑是無(ぐわんぜな)い者ものたちの御主よ,われをも拯(たす)け給へ。 

            十字軍 ベネチア




    Je ne sais pas; il est blanc.

        ひとつだけ。上田敏の譯に氣に入らないところがある。
           “Je ne sais pas; il est blanc” 
           “わたしは知らない,かれは白い” 
        この,シュオッブのフレーズ(Phrase)を
           “知りません。 唯,真白な方です” 
        と,してしまったたところ。 
           “唯” も “方” も よけいである。 と思う
        この,知らない,白い,というシンプルな表現が“素”。素白。無端の白さ。
        だからこそ,普遍(あまねくあり)。かつ絶對の白とそれに對比される,
        竦(ぞっ)とする白,癩者の白が立ち上がる,と。

      ☞ La Croisade des enfants :Récit du lépreux フランス語原文

               *      *      *

     舊約のヨブ記を手元に置いて讀むならば,
     これは非常に示唆的な詩片だと思う。
     自らの生まれた日にちを呪うヨブと,
            「わたしが大地を据えたときお前は何處にいたのか」
     と,問う神。その關係の疵謬に對する逆説的な解の一ですらあるよう
     に思えるのだ。 
     と,さはさりながら・・・・。 
     自ら “大地をすえた”,“人に息を吹き込んだ” とのたまいし
     アブラハムの徒の 神よりも,南アジアの風土とヒンズー敎の合一,
     サンカン・パラニン・ドウマデイ
     Sangkan paraning dumadi “いのちは何處から生じ,行き着くところは何處か”
     この命題,に牽かれ,しだいに一神敎より遠ざかってしまった。
     また,佛教のśūnyatā),その 無端無住の軛に繫がれるようになってからは,
     宗教的な意味でも,文學表現においても,キリスト敎にすっかり興味がなくなって
     しまった。
     とは言え,このシュオッブの 『少年十字軍』 とりわけ癩(レプラ)の章は,
     ひさしぶりに讀み返せば,今も,澎湃と熱いものが渤し來たる。
     やはり深い感動を覺えるのだ。また,この詩情はキリスト教徒の信仰に
     照らしても,
     決して“異端的” なものでなく,異教徒にとっても親密に兩の腕に
     受けとめられる類だ,と思った。
     とりもなおさず,“普遍性がある”,ということ,これが言いたいだけなのだが。 
     もっとも,M・シュオッブの文學を,キリスト敎異端の文學だ,と捉えている
     それじたい,わたしの勝手な,偏ったみたてにすぎないかもしれない。

    MARCEL SCHWOB
       MARCEL SCHWOB  le 26 février 1905 mort à Paris



    癩病の癩は漢語だが,北條民雄*の小説を讀むと,
    かつたいという言葉が
    頻繁に出てくる。
    じっさい「(かったい)の瘡(かさ)うらみ」という,意味するところの非常に慘酷な,
    かつ,音の哀しげに美しい日本語のいいまわしもある。

    司馬懿 草書 “白”ちなみに「癩の瘡うらみ」,
    瘡(かさ)は梅毒やみ,のことである。
    近頃の辭書には載ってないか,あるいは,
    「すこしでも自分よりよい境遇をうらやむこと」
    とある・・・・!?驚いたな。
    イミを矮小化するにもほどがある。
    (だから,日本人はことばを,そまつにしている
    日本語が豐かでなくなれば,ひいては日本人。
    の感性を減じしまいに滅ぼす,というんだ
    (ッタク)

    ・・・・。
    この “かつたい” の語原をご存知の方がいらしたら,
    是非ぜひ敎えていただきたくおもうのだが,上田敏かたかたいはせるという譯語は,
    “かつたい” の音をうまくつかった玄妙の表現なのか。
    あるいは “かったい”自體が,日本では,“かたかたいはせて” いたのか,
    (さらに踏み込めば,“かたかたいふ”,だから,“かったい”なのか)。 
    ちなみにシュオッブの原文では拍子木,あるいはカスタネットのようなイメージの
    言葉がつかわれる。(secoué un cliquet de bois dur.ラチェットの堅木を揺らせ)

     *北條民雄= (1914年9月22日京城 - 1937年12月5日)
      ハンセン病により隔離された全生園での生活の中で小説を書いた。
      日本文學の歴史のなかで,絶對に忘れてはいけない作家である。
      その,代表作 いのちの初夜(1936),これこそ國語の敎科書に
      積極的に採用されるべきだと,わたしは心の底からおもっている。
          ☞ いのちの初夜 北條民雄

          『少年十字軍』 La Croisade des enfants 2

    LA CROISADE DES ENFANTS》 Récit du lépreux



    Si vous voulez comprendre ce que je vais vous dire, sachez que j’ai
     la tête couverte d’un capuchon blanc et que je secoue un cliquet
     de bois dur.

    Je ne sais plus quel est mon visage, mais j’ai peur de mes mains.
    Elles courent devant moi comme des bêtes écailleuses et livides.
    Je voudrais les couper.
    J’ai honte de ce qu’elles touchent.
    Il me semble qu'elles font défaillir les fruits rouges que je cueille et
    les pauvres racines que j'arrache paraissent se flétrir sous elles.

    Domine ceterorum libéra me !
    Le Sauveur n'a pas expié mon péché blême.
    Je suis oublié jusqu'à la résurrection.
    Comme le crapaud scellé au froid de la lune dans une pierre
     obscure, je demeurerai enfermé dans ma gangue hideuse quand
     les autres se lèveront avec leur corps clair.

    Domine ceterormn, fac me îibenim : leprosus sum.
    Je suis solitaire et j'ai horreur.
    Mes dents seules ont gardé leur blancheur naturelle.
    Les bêtes s'effraient, et mon âme voudrait fuir.
    Le jour s'écarte de moi.
    Il y a douze cent et douze années que leur Sauveur les a s auvés,
     et il n'a pas eu pitié de moi.
    Je n'ai pas été touché avec la lance sanglante qui l'a percé.
    Peut-être que le sang du Seigneur des autres m'aurait guéri.
    Je songe souvent au sang : je pourrais mordre avec mes dents ;
     elles sont candides.

    Puisqu'il n'a point voulu me le donner, j'ai l'avidité de prendre ce lui
     qui lui appartient.
    Voilà pourquoi j'ai guetté les enfants qui descendaient du pays
     de Vendôme vers cette forêt de la Loire.
    Ils avaient des croix et ils étaient soumis à Lui.
    Leurs corps étaient Son corps et II ne m'a point fait part de son corps.

    Je suis entouré sur terre d'une damnation pâle.
    J'ai épié pour sucer au cou d'un de
    Ses enfants du sang innocent.
    Et caro nova fiet in die irœ.

    Au jour de terreur ma chair sera nouvelle.
    Et derrière les autres marchait un enfant frais aux cheveux rouges.
    Je le marquai; je bondis subitement ;
     je lui saisis la bouche de mes mains affreuses.

    Il n'était vêtu que d'une chemise rude ; ses pieds étaient nus
     et ses yeux restèrent placides.
    Et il me considéra sans étonnement.
    Alors, sachant qu'il ne crierait point, j'eus le désir d'entendre
     encore une voix humaine et j'ôtai mes mains de sa bouche,
     et il ne s'essuya pas la bouche.
    Et ses yeux semblaient ailleurs.

    — Qui es tu? : lui dis je.
    — Johannes le Teuton : répondit il.
    Et ses paroles étaient limpides et salutaires.
    — Où vas-tu ? : dis je encore.
    Et il répondit:—Jérusalem, pour conquérir la TerreSainte.
    Alors, je me mis à rire : et je lui demandai
    — Où est Jérusalem?
    Et il répondit : — Je ne sais pas.
    Et je dis encore : — Comment pourrais tu y aller?
    Et il me dit : — Je ne sais pas.
    Et je dis encore : — Qu'est-ce que Jérusalem?
    Et il répondit : — C'est Notre Seigneur.
    Alors, je me mis à rire de nouveau et je demandai :
    — Qu'est ce queton Seigneur?
    Et il me dit : — Je ne sais pas; il est blanc.

    Et cette parole me jeta dans la fureur et j'ouvris mes dents
     sous mon capuchon et je me penchai vers son cou frais et
     il ne recula point, et je lui dis :
    —Pourquoi n'as tu pas peur de moi?

    Et il dit: —Pourquoi aurais-je peur de toi, homme blanc?
    Alors de grandes larmes m'agitèrent, et je m'étendis sur le sol,
     et je baisai la terre de mes lèvres terribles,
     et je criai : — Parce que je suis lépreux !
    Et l'enfant teuton me considéra, et dit limpidement :
    — Je ne sais pas.

    Il n'a pas eu peur de moi! Il n'a pas eu peur de moi !
    Ma monstrueuse blancheur est semblable pour lui à celle de son Seigneur.
    Et j'ai pris une poignée d'herbe et j'ai essuyé sa bouche et ses mains.
    Et je lui ai dit :
    — Va en paix vers ton Seigneur blanc, et dislui qu'il m'a oublié.
    Et l'enfant m'a regardé sans rien dire.
    Je l'ai accompagné hors du noir de cette forêt.
    Il marchait sans trembler.
    J'ai vu disparaître ses cheveux rouges au loin dans le soleil.

    Domine infantium, libéra me.
    Que le son de mon cliquet de bois parvienne jusqu'à toi,
     comme le son pur des cloches.
    Maître de ceux qui ne savent pas, délivre moi !
                              Marcel Schwob (1896)
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    こんばんは

    変わらず内容の質がブログとは思えないほど高くてただただ驚きます。
    私はただない知識をフル活用して必死に書いていますが……

    「神の恵み」ということを以前いいましたが、ニュアンスはキリスト教で言われるようなこととは少し違うかもしれません。世界を考えるとき、説明付けとして神を仮定するというような感覚を持っていて、神が世界をつくったというような感覚はあまりありません。
    それとキリスト教、新・旧約聖書には違和感を覚える箇所が多くあるのに、なぜ宗教として未だに成立しているのか不思議に思っています。

    らい病は本の中でしか知らないので実感がわかないのですが、大変な病気だったのですね。最近でもハンセン病の訴訟?があり、耳にしたことがあったくらいでした。最近の人たちは「死」というものが遠くにありすぎて「生」までもがかすんでしまいそうです。「いのちの初夜」、初めて知りました。今度読んでみようと思います。人生や世界に真剣に向き合うということは普通に生きていてはできないのかもしれません。それゆえに、こうした体験を基にした文学作品は価値がありますね。
    こうしたものから教えられることは数多くあるように思います。

    ありがとうございました。

    Hajimeさんへ

    コメントありがとうございます。

    失礼しました「いのちの初夜」
    リンク切れですすめませんね,訂正しました
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000997/files/398_42319.html
    短編ですのですぐ讀めちゃいます
    自殺したいくらいつらい毎日をおくってる子供たちや若者ににはぜひとも讀んでほしいような小説なのです
    いのちをたいせつに,といくらことばでいってもなかなかつたわりませんが。
    他人からうける差別やいじめはもちろん,社会の正義はときにひとをすりつぶすものだ,ということも。

    集団の正しさは人の犠牲がなければ成り立たない,ということも思います

    それにしても正義ってなんなんでしょうかね。
    いまもイスラム國に続々と人が集まり,世界各地でテロが起こる。
    ターリバーンは本來は真面目な神学生たちでした。イスラム教徒にとってイスラムの正義はカリフ国をつくること。アルカイーダやイスラム國は野蛮にすぎますが,西歐諸国にも問題があります。
    いっぽうで西歐は,だれにもその生き方をとがめられないマララちゃんのような,“正しさ”をつかって正義を主張します。でも歐米の干渉や空爆によって学校どころか生きていくことすままならない子供たちがたくさんいる。学校へ行く?金持ちだけのはなしだ,というのがパキスタンやアフガンの大勢です。

    いまもむかしもイスラムに対する敵愾心がキリスト教徒に十字軍という聖戰(ジハードですね)の遠征をおこさせる,13世紀には,子どもたちまでが熱に浮かされたようにエルサレムに向かって行進する。七千人の子らが居たそうですが,船は難破してほとんど海の藻屑となり,また生き残ったものはみなアラビアの人買いにつかまりカリフの奴隷にされてしまいます,一神教という,他の神を認めない偏狭さ。

    人の一生の“正しさ”は人それぞれちがう。
    個人てきなものです。他人の考え方を尊重したら,そもそも「正義」が何かなんて決めつけられませんよね。これが正義だと,言える人は偏狭で,こどもなんです。ときに無邪気な無垢な・・・。

    北條民雄は本当にお勧めです。こういう傾向の好み,とかこういう価値観のひとにとか関係なく。お時間割いてぜひ読んでみてください

    こんにちは

    コメントありがとうございました。

    リンク訂正もありがとうございました。
    最近ガラケーからiPhone6に変えたのでさっそくそちらにダウンロードしました。なかなか時間がとれなかったですが……。

    読書する人にしかわからない、本を勧めるということの意味と難しさ、それを敢えてしてくださったことに感謝です。

    日本にいるとあまり正義ということについて考えさせられる場面は多くありませんが、海外のこうした情勢をみていますと、考えさせられますね。
    正義はそのまま生死の支点の位置という気がしています。
    私たちは生を重んじすぎるのではないか、とも思えてくるのです。
    生きるための宗教というイメージを私たちは持ちますが、ひょっとしたら違うのかもしれない、多分違うのだろうと感じます。
    「生」を重んじなければそもそも、殺し合いが悪いということにもならないわけですし……
    僕自身も「死」=痛み(苦)という概念をもっています。
    これも人それぞれで、その人の環境に大きく左右されることに違いありませんよね。
    わたしたちにとって生きるということが当たり前になりすぎているというのは事実でしょうね。

    Hajimeさんへ

    お返事ありがとうございました。

    お忙しそうでそれはそれ,なによりです。
    へヴィーな読み物ですが
    世界でも正当に評価されてるかず少ない作家ですから,
    淸烈な印象をあたえられました,若いうちに読まなければ意味がない,といえるほどの・・・
    なんというか,文体も,よいものです。

    ではまた。お閑な折におたずねください
    秋もまもなくおわります,月日がたつのが早いです。ご自愛ください
    詩餘 句裂 偈

    詩囚

    Author:詩囚

    自作の詩ほか
    五言絶句を中心に四句偈,詩餘
    ふくめ中國舊體詩を紹介します

    こちらのblogは不定期の更新です

    メインのブログは
    楞伽案前,楚辭肘後

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