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    琴 謝玄暉(謝朓) 《琴》 浩兮湯湯,鬱兮峨峨

    輕鳴響澗音 ―― 

    曾候乙墓出土的十弦琴是最早的古


    南北朝時代琴を詠んだ詩は多い。ことに謝玄暉 の詩にはよく琴の字を見る。
    そして音が聞こえてきそうな詩を書く,といえばまず謝玄暉をおもいうかべる。
    鼓吹曲の數數は,殘念ながら 昭明『文選 』 には,
    わずかに一曲だけしか収められないが,どれもみな美しい音色を持っているようで,
    清澄に響いてくる感じがするのだ。
    また,謝玄暉は音を擬音語でなく句で鮮烈に表現しているようだ。
    擬音語の妙,珍奇といえば 李長吉 の“語”もすてきだが。
    謝玄暉は五字で音と幽思を表現する。と,そんなカンジ。

    “采采粲粲” ,また “愔愔と”
    “從容として秘玩し,複疊攢仄する” のである。
    今記したこれらの言葉はみな  嵇(康)叔夜 《琴 賦》 から拾ってきた言葉だが,
    わたしにとっては謝朓の詩は弦を撥る,の音響なのだ。

    南齊謝朓(464-499) 《琴》


       謝朓《琴》 ,最後の句“淫淫客涙垂”が,まさに南北朝の悲痛の響き。
    淫淫の聲,靡靡の調,すなわち亂世之音・・・・。

    《琴》

     洞庭風雨幹    洞庭は風雨の(根)幹をなし
     龍門生死枝    龍門,生死の枝(わかれ)なり
     彫刻紛布濩    彫し刻み紛れて布濩(ふかく)たり*
     沖響郁清危    (天に)沖す響き郁として清く危*なり
     春風搖蕙草    春風,蕙草(かおりぐさ)搖らし
     秋月滿華池    秋月,華池に滿たる
     是時操別鶴    是の時,《別鶴操》*
     淫淫客涙垂    淫淫として客,涙垂れり 



      *彫刻,紛=?琴の彫刻をいうのかよくわからない
        彫し刻して紛れてひろがりゆく・・・・
      *布濩=天に盈溢するようなひろがりゆくさま
      *沖響=まっすぐに高く伸びる響きは。
      *郁=かぐわし
      *危=高い,もしくは精巧か
      *別鶴操=琴の曲名

    * 《別鶴操》 の歌辭は夫婦離別の悲痛,かた戀の切ない思いをうたう。
    漢代の別鶴は男女の有情無縁の象徴だが・・・・。
    古來。
    鶴は君子,清らかさ、隠遁,神仙,長壽,氣高さ,白,忠心などの象徴だった,
    魏晉から南北朝時代は,むしろ鶴の鳴く聲の哀しげな響きは,
    詩に詠われれば君上臣下の情,國亂の悲哀の象徴である。
    琴の音,すなわち亂世亡國,あたかも通奏低音のように響いているようだ。



    離堂華燭盡,別幌清琴哀 ―― 謝朓

    ここではちょっと琴にこだわって,
    南北朝時代の琴を詠んだ詩を。
    それほど著名ではないのか,事蹟があきらかではなく,ほかにどのような詩
    を書いているかも定かでないのだが。
    これらの詩からつたわってくるのは,いずれも亡國の遺臣となって,
    善く琴を彈いては羈魂を慰め祖國を懷かしむ,また他郷(おそらくは北朝)に
    流寓して音を知るものの無い寂寥,といった情景である。
    三首。
    どれもかなしい。 
    《楚妃》,《貞女引》,《龍門》 何れも琴の曲,琴操である。
    “掩抑”,“張”,“雜調”,“新聲” は琴や樂の用語。
    《紅塵》 《白雲》 もまたそのような意味があるのだろう,
    嵇叔夜《琴賦》 にでてくるが未詳。
    “雍門” は孟賞君と 雍門子周「琴諫」 の逸話からきているだろう,
    亡國の悲哀に琴の音が涙をさそうという六朝らしい“淒涼蕭瑟”なのであろう。  

    いずれも『詩紀』に収められる。また『文苑英華』も参照した。   

      馬元熙(北齊)  《日晩彈琴詩》


     上客敞前扉   客の目前に扉はゆったりとひらかれている

     鳴琴對晩暉   晩に暉に琴に對して鳴らす
     掩抑歌張女   掩抑*して歌を張す女**
     淒清奏楚妃   淒清と《楚妃》を奏でる
     稍視紅塵落   稍(やや)紅塵に落ちる視る
     漸覺白雲飛   《白雲》の飛ぶを漸く覺ゆ
     新聲獨見賞   ”新聲”,見て獨り賞するを
     莫恨知音稀   恨むなかれ音を知るもの稀なり 


      *掩抑=音の調子を抑える
      *張=張瑟,瑟の弦の調整を謂う語か張聲かよくわからない
      *紅塵=俗世間
       



      沈炯(陳) 《賦得爲我彈清琴詩)

     爲我彈清琴   我,爲に,清琴彈ず
     琴鳴傷我襟   琴の鳴りは我が襟を傷む
     半死無人覺   半ば死して人覺ゆるは無し
     入竈始知音   竈に入りて始めて音を知る
     空爲貞女引   《貞女引》は空しく爲さしめん
     誰達楚妃心   誰に達するや《楚妃》の心(吟)
     雍門何假說   《雍門》,何ずくんぞ,假(うそ)を說かん
     落涙自淫淫   自ずから淫淫として落淚す


      *覺=文苑に見に作る
      *心=文苑に吟に作る

      雍門子周の琴を聽いて亡國の哀しみに涙を流した田文(孟賞君)
      の“雍門琴操”が典故となっている
       


      蕭愨(陳)《聽琴詩

     洞門涼氣滿   洞門に涼氣滿ちて
     閑館夕陰生   館閑じる夕べに陰氣生まれり
     弦隨流水急   弦は水の流れに隨いて急なり
     調雜秋風清   雜なる調べに秋風清
     掩抑朝飛弄   掩抑*して朝に飛弄
     淒斷夜啼聲  淒斷*して夜に啼聲す
     至人齊物我   人,至らば物我齊しかる*
     持此説高情   此れ持ちて高き情を説く


      *持此=文苑に時與に作る
      *淒斷=極度に淒涼として悲痛なるをいう)
      *齊物=『莊子』《齊物篇》
        蕭愨の《秋思》は代表作として知られるがその他は不詳
      



    沈炯は,ほとんど日本で紹介されていないのだろうか,なにもわからない,
    ただ其の詩賦の評價は低いものではない,庾信とならび賞讃されているようだ。
    《詩紀》に収めえられる詩はみなどれもいい。
    《詠 鶴》
    依池屢獨舞  對影或孤鳴  乍動軒墀歩  時轉入琴聲
     
                 ―― 沈炯 《詩紀》九十九


     ☞ 謝宣城全詩集
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    Author:詩囚

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