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    《敬孤樹才》 想い到すべからず,爐の薪,灰となるを

       ワカモノ・プロパーの姿じゃない,憂思幽慯と氣ムズカシい文調がいい。
    わたしのブログに時折足跡を殘してくださる稀少な訪問者,二十代の靑年。
     ☞ 孤独な放浪者の随想 というブログ。その筆者,は
       必要最低限度にして價値ある勞働の豐かさ,穣りとは,どんなものだろうか,
    と惱んでいた(ようだ)
       わたしが,彼と同じ年頃のときを思えば・・・・,人生つぶしがきくもの,という
    考えで,何らの疑いも持たずにいた。 勞働とその對價のことなど,真劍に考える
    こともなく,いやそれどころか,それらしいことを想いすらしなかった。
       せいぜいシモーヌ・ヴェイユを讀みながら,非現實的なことを空想する,
    そんなときもあったかな・・・・,という程度。

      孤樹

        勞働の對價,賃金のことを “薪” と。 
        そんな言い方が中國語にある。
        言い得て妙である。 薪,とは,それ,そこにあったとして
        それ自體,それのみでは,何の價値も意味ももたぬ。 
        火をつけ炊きつけて,はじめて役に立つ。 
        また,宜しき佳き陶器磁器とは,薪をくべること,それ
        でこそ(でしか),薪でこそ得られる(れない),という。
        あるいは,よい煉瓦をつくるにも,薪,らしい。 
        土と火と,Terre, feu,そして風,木。
        そして俸給のことをじつは,
        “薪水” いう言い方をもする。水(スイ),とは おくぶかい。
        薪,水。 L'eau et le bois  
        れいの “地の塩,世の光” とおなじように慈しみと惠恤を想起さす。
        そんなこんなを想いつつ七言絶句


      敬孤樹才   Jing Gu shu cai

      靑年感覺木枯哀   Qīng nián gǎnjué mù kū āi
      不必想到爐薪灰   bùbì xiǎngdào lú xīn huī
      孤樹才聞聲風雨   gū shù cái wén shēng fēngyǔ
      自恃自由古新恢   zìshì zìyóu gǔ xīn huī

       平聲六  哀 灰 恢

     靑年とは,とかく 淡の哀切に惹かれ,愁患するもの
     とは言え暖爐の のことなど,ましてや灰のことまでも考えるべき必要なし 
     孤獨に聳え立つ木は雨風によくさらされはするが,またよくその音を聞き分く
     自ら恃むことに自ずの由を見出すべく, きにも しきにも恢い世界が存す

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    Author:詩囚

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