スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    《戰場南》

    ☞ 移動しました 《戰場南》
    関連記事

    テーマ: - ジャンル:小説・文学

    コメントの投稿

    非公開コメント

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    No title

    こんばんは。
    漢文が情けないことに少しも読めないし、元の漢詩も初めて見ましたので、なにも書けないことが残念です。私にもっと知識があれば、玄少子さんと共に楽しめるだろうのになあ。すみません……

    しかしながら、玄少子さんが、これが兵士が行軍しながらの歌なんかであるものか、勇敢な兵士を称える詩でなんかあるものか、とおっしゃるお気持ちは、玄少子さんの解説を熟読しつつ、詩の字面を何度も何度も見て、ほんとにそうだ、と私も思いました。

    ここに、後世のひとの恣意的解釈は入り込む隙はないのではないか、と。
    ただ、累々たる兵士の死体と上空を飛びまわるカラスの群れ…その死体は、丈高い葦の間に水浸いているものもあるでしょう。
    ただその凄惨な風景だけが私も浮かんできます。

    私は今、『わだつみのこえ消えることなく』という回天特攻隊員の手記を、何十年振りかに読みなおしています。玄少子さんもお読みかもしれませんね。
    東大法科の学生だった和田稔は、海軍少尉として、終戦間際の昭和20年7月25日、訓練中に死にます。6月に一度出撃しているが敵艦に発進の機会を失い、7月31日に再度特攻出撃の命を受けて訓練している最中の死だった。仲間が救おうと手立てをしている最中に米軍の攻撃を受け、救出は中断。彼の乗った回天は行方が見失われてしまいました。しかし、8月15日終戦のほぼ1ヶ月後の9月中旬。吹き荒れた嵐によって浮上漂流し、潮流にのって近くの長島に流れついた。回天内で窒息死するまでの約十時間、彼は三日分の糧食をすべて食べつくし、あぐらをかいたまま眠るように死んでいた。

    本は、彼がまだ一高生だった初々しい少年時代のものから、彼がずうっと書きつづった日記を載せているのだけれど、それほど『書く』ということにこだわっていた青年だったにもかかわらず、書置きはなんら発見されず、彼は最後まで頑固に沈黙を守り通して死んでいました。

    玄少子さんのこの詩の解説を読みながら、前後左右上下1メートルづつくらいしかない狭い回天の操縦室で、胡坐をかいたまま死んでいたというひとりの青年の姿を思い浮かべていました。風景こそ違えど、そこには余人の称賛や英雄視や過度の愁嘆など入り込む隙のない、
    死の厳粛な壮絶な光景があるだけだ、と私も思いました……
    和田稔。同期3千余名の学生の中で首席として入隊。色の白い、華奢な、むしろ身体も精神も繊細過ぎる青年が、わずか1年余の苛酷な軍隊生活で、光回天基地きっての凄腕、と呼ばれるような青年将校になって、そうして静かに死んで行った…。たった一人で、海の底で。

    その、ああ、私は言葉を知らないので、玄少子さんの言葉をお借りすれば、『荒涼の鬼哭啾啾,淒淒…』
    それは、この詩にも通じるところがあるような気がいたしました。

    入隊したばかりの頃、彼は日記で問うています。国は、自分のようなものを、ただ戦争で死なせていいのか?自分が生きていれば、もっと国のために役に立つのではないか?と。
    しかし、そのような帝大の学生らしい自恃の心も、やがては大日本帝国海軍将校としての静かな覚悟に変わって行きます…
    日本だけのことを見ても、どれほど有為の若者たちが虚しく死んで行ったことだろう。
    愚かな政治家や軍部の大局観の欠如のために…。

    『蒼茫生靈, 必遭塗炭』ですね!






    『是指在橋上蓋屋,社会不正常,というのが正しいと思う。橋上築營の説もまた有り。無意味,無秩序,屋上屋。南も北もむちゃくちゃ。』

    その解釈が、し~~~んと胸に沁み込むようです。
     

    蛮勇は理解の母(ときに失敗の父w)

    コメントありがとうございます~~
    でも彼岸花さん,漢文が読めないとかもっと知識が,と言われてもきっちりつかんでるじゃないですか。会話してて,もう十二分にたのしいです,わたしは。
    詩なんですから。逆にもっと,というのは欲張りすぎかもしれませんよw

    吟味という言葉は,吟じる味わいですよね,吟じるという言葉は“うたう”ではあるんですが,プラス,悲傷する,慨嘆する,の意味がもともとはいってるんです,漢の時代の樂府というジャンルは,歌謡や,「よいとまけ」みたいなものなので,あんまりふかく難しい語で思想や倫理を詠うものではなく,言葉を発する,音,で表現された,悲しみや苦悩なんですよね,
    この詩で言うと
    諒,梁,良,が同じ音です
    そして葬,諒,で韻を踏み
    梁,良,で韻を踏む。

    野死諒不葬,梁築室何以,良臣誠可思。
    烏可食,君何食 。

    可,何も,以,死も古詩の常套句の脚韻でよく使われる同韻字です。
    たぶんここにこめられたものが,この詩の“歌吟”の肝心で,真実の解だとおもいます。
    沈吟,ということばがありますが,“古詩を唱する,誦する”といういみで,
    このまえあげた撃壌歌のような時代から漢代までの古いうたをうたうことをいうのですが,明るくおおらかな歌でもなぜか“沈吟”なんです,それもまた良いなあと・・・・。深みがありますよねえ

    漢文が読めなくても,それは,文法がわからなくても,ということですが,漢字の意味をばらばらにうけとめても,あるていどわかるのが,詩,だという信念のもとにわたしは,野蛮に,無謀によみこんでるんです。
    一字一字がすでに文章みたいなものですから,意味をそーとー丹念に追っていけば,いつか必ずわかるもの,意外とわかる,と気づいてから,本当に漢詩を読むのが楽しくなりました。
    “わかる”が一人よがりかもしれない,と気にならなくなるまでしらべつくせばいいわけで,でもこれはわたしのような者ではインターネットがなければできません,だから古人の碩學は本当にすごいなあと,敬意を抱きつつ楽しんでます。

    とはいえ
    もともと,好きだなあ,と思った詩人の邦訳がない,という状態に陥って,ある意味必要にせまられて,自分勝手に解釈を始めたわけですが
    日本語訳されてるものでも,吟味する意味候補の中から訳者がえらぶわけですが,納得いかないものだらけです。

    すべては蛮勇から始まるんですよ,きっと。彼岸花さんも結構,いろいろな蛮勇ふるってそうだと,おみうけしますがw
    日本の漢詩ギョーカイは,ほんとに“権威”や“正道”と初心者ばかりで,野蛮や邪道がないので,なんとなくかたくるしくなっちゃうんでしょう
    漢字は,意味が日本語といちじるしくちがって,誤解を招くだろうな,と気づいたものは詳しく書くようにはしてますが,あとはだいたい日本人ならなんとなくわかるんじゃないでしょうかね・・少なくともあんまり漢字知らない人は,そもそもここ讀みたくないでしょうしw

    漢文のまま,提示するのは,ギチギチにかためられないからです,私自身よくわからないときもあるしw,いろんな意味にとれたり。
    だから,すみません・・・・というのは,こっちのほうですよ。本来わたしがすみません・・・・こうではないでしょうか。と書かねばならぬところを,えらそーに書いてるだけですからね。

    それに。!
    まったく彼岸花さんがおっしゃるように,“わだつみのこえ”,です!!,
    うーん,
    “のがれようがない”局面,しかも人の手によって作り出された状況,そのやりきれなさですよね。

    天災や病気も事故も同じ死かもしれませんが,そこには偶然の要素がおおくて,だれにでもおそってくるし,身分も上下も老若もかんけいない,でも戰爭だけは,人の惡意と,意圖とつくられた“必然” がつみかさなって,さけることはできるのに選んでしまう結果。
    しかもまっさきに犠牲になるのは,“のがれられない”ひとたち。

    そのような意味に読む,ということが,もう,たんなる“漢詩鑑賞”をこえた,“理解”,だと思います。すてきですね。さすがにすごく深いですね(年の功・・・?・・・いえいえなんでもありません)

    とりとめなくなっちゃいました・・・・。
    ああ・・・・,青いブログ,再開よかったです!ほんとうに
    いろいろありがとうございました。また~

    No title

    こんばんは。

    はじめて、ご紹介いただいた漢詩について、感想を書かせていただきます。
    これまでマヌケなことを書いて曝したら、恥ずかしいと、控えておりましたが、
    これからは少しずつ、漢詩にも取り組んでゆきたいと、思っております。
    佳き先生がいらっしゃるので、大変心強く感じております。では・・・

    まず・・・この書なのですが、どなたの筆によるものでしょうか?
    「!」や「?」も含めた、一文字ずつに、激しい想いがこめられていて・・・
    玄少子さまのご配慮による、注釈に導かれつつ、漢字を辿るだけでも、
    なにか、鬼気迫る凄みを感じるのです。もともと楽曲に合わせて、
    作られた詩とのことですが、それは、どんな調べだったのか・・・
    聴く者の胸を、いかに揺さぶったのか・・・いくつか調べたところ、
    他にも解釈はあるようですが、玄少子さまは、どれほどのお気持で、
    いま、この詩に向き合われ、ここにご紹介されたことか・・・

    世にあるあまたの作品は、それが高尚なものであれ、低俗なものであれ、
    創り手を離れた瞬間から、玩弄の憂き目に遭いつつ、その浮き沈みのなかでこそ
    生かされも殺されもするものですが、およそ優れた作品というものは、
    ふさわしい読み手・聞き手・演じ手を、おのずから選び、近づけるものでしょう。

    私たちが、それを好むということは、知らずのうちに自分が選ばれている、
    つまり相思相愛なのかもしれません。ときに作品は、神のように降りて、
    ある人を虜にし、みずからを語り始めるのかもしれない・・・そうやって、
    時の流れのなかで淘汰され、残され、伝えられて来たのだと思います。

    海には水脹れの溺死体、山には野晒しの腐乱死体が、累々重なろうとも、
    天皇の足元に死のう・・・という、どこぞの国の「第二国歌」ではありませんが、
    わたしがこの詩に、最初に感じたのは・・・「ああ、人間というものは、やはり
    好きなんだなあ。こういう残忍の極みを、繰り返さずにはいられないんだ」。
    という「絶望的におそろしい真実」に抗いたい、激しい気持でした。

    人はなぜ、戦争をやめないのか?私の答えは、ひとつしかありません。
    人の欲やカネモウケ、大義や、国や家族を守るとかは、どれも名目だけのもの。
    そうではなく、残虐行為に激しい興奮と、異常な快楽を感じるからです。
    攻撃は力の誇示でもありますが、ほんとうは、存在の不安がそうさせます。
    悪魔のように孤独で、みずからの終わりに怯えながら・・・暴れ続けます。
    戦争がなければ、死刑や奴隷制度、いじめや差別で、とにかく人を苦しめる。

    想像を絶する蛮行を繰り返しても、たとえ自分がその被害者になっても、
    戦時平時を問わず、もうこんなことはやめようとは、どうしても言いたくない。
    一度は反省しても、すぐに忘れて、また同じ泥のなかで転げまわる。
    つねに敵を作っては、攻撃する機会を狙い、理由をひねり出し、
    自他を滅ぼしても、より精巧な大量破壊兵器を、開発せずにはいられない。
    しかしそれは、人間の本能よりも、文化的な刺激のなせるわざでしょう。

    人はまた、最も醜く凄惨なものに、わざと美しく装わせて、鑑賞する癖があり、
    それは芸術とか、表現の自由と呼ばれたりして、大いに尊重されています。
    人への嗜虐は人権侵害どころか、娯楽として、社会に容認されています。

    では、この詩はどうでしょうか?
    なんども読み返しながら、私がいま、この詩に感じることは・・・

    号泣でも慨嘆でも諦念でもない、そこに転がる客体への、残酷なまでの距離感・・・
    いのちがモノになってしまうとは、つまりこういうことなのだと・・・
    あえてそう言っているような、なんともやりきれない渇きでしょうか。
    理不尽な死に追いやられた者と、生き残った者との間に、
    永遠に横たわる、絶望的な隔絶でもあると言えましょうか・・・

    戦死者は、いつの時代でも、無残な遺骸が鳥や獣に食われ、
    風雨に腐り、蛆に分解されるように、生者の思うままに扱われます。
    時の権力や彼らを選別して、都合よく神や悪魔に仕立て上げますが、
    彼を悼み、弔う者たちによってさえも、そのやりきれない心情のなかで、
    やはり一方的な意味づけがなされ、そうすることで完全に、残酷に、
    当の本人の想いも願いも消されて、忘れられて、無となってゆく。

    故人を最も理解できるのは、かならずしも近親者とは限らない・・・
    靖国の英霊の遺族が、国家によって、苦痛を喜びに変えられる、
    「感情の錬金術」を受け入れる・・・その、篭絡の凄まじい暴力と、
    そして人の心の、なんという脆さでしょうか。

    人間の作り出した戦場の悲惨と同じくらい、人の心に宿る狂気もおそろしい。

    イラク人質事件では、人質とその家族が、国を挙げてのバッシングを浴び、
    謝罪に追い込まれ、それからまもなく殺された日本人ジャーナリストの妻は、
    抗議も悲しみも表さず、大いに賞賛を浴びました。
    しかし韓国人が、同様の事件が遭った時には、
    犠牲者の母親は胸を掻きむしり、荒れ狂い、絶叫して、
    大統領からの花輪を投げつけ、大暴れをしたんです。

    私はこの真情を、人として、限りなく尊いものに思います。
    「狂気」とは、言うまでもなく日本人の態度です。

    >古人は,烏鴉の啼き聲は,子をなくした母親カラスが,
    子をもとめて號叫するさまともたとえる。
    >つまりここでは,故郷の母の哭泣を想像しいなくては
     いけないのかもしれない。
    >そうするとそれが,また,“客”,“豪” の意味となる。
    >だから,烏が食らう屍骸,というシチュエーションだけで,
     一編の“詩”になるのだ。

    だけど、ちょっと待ってくれよ!・・・人間、死んだら最後、
    あとはどのみち、やられっぱなしで、朽ちてゆくしかないのだから・・・
    せめて私に集り、私を食らう人ならぬ烏よ、この運命に哭いてくれ。

    人ならぬ、屍骸をついばむ烏の鳴き声に、すべてを託した詩は、
    凄惨の極みを美化した、貧しくみすぼらしい「第二国歌」とは、
    似ても似つかぬ・・・おそるべき抗議であるように、感じられたのです。

    しかもそれは楽曲として、奏でられ、歌われ、演じられることで
    伝えられてきたのではないかと思われますが、そのことがまた、
    この詩に、幾世代も続き、いまなお続く新しい哀しみを、
    さらに重ねてゆように、思えてなりません。

    一気に書かせていただきましたが、とんでもない解釈で・・・お恥ずかしく、
    もしも間違っていたり、ご不快な気持になられましたら、お詫びいたします。
    ほんとうはもっと漢字について、詳しく学んでから、発言すべきなのですが・・・
    いまはまだ、とてもとてもそこまで至らないことを、お許しください。

    今後ともぜひ、ご叱責、ご教示をいただければと、思っております。
    よろしくお願いいたします。

    星狩人様

    こんばんは,コメントありがとうございました
    まず星狩人さんおたずねの書に関してですが,
    これは,PHOTOSHOPというソフトをつかってつくりました。
    その行書体です。(多少改変をくわえてますが,というのはこのソフトでは出てこない漢字がたくさんあるからですがw)
    なかなかうつくしい字体なのと,字句の区切りが自由に書けるし,重宝して使っています,ですから誰の書,というものでもありません,もしわたしがいい字をかければ,もう,てまえみそでそれこそ載せまくっちゃいますがwざんねんながら惡筆ゆえ・・・・。

    !や?や「」は,日本では見慣れないですが漢詩や漢籍解釈にあたって今,普通に中国で使われている書きかたであります。
    日本では,むかしから漢文法をしめす返り点やヲコト点といった記号がつかわれましたが,中國では,文法は現在も昔もおなじなのですが,理解をたすける意味で,これらの符号や,韻文の約束ごとをしめす
    ;や:の記号 あるいは 、,の区別,といったものもつかって,すこしでもわかりやすいように表記されます。
    (時代に即してなんです,韓国のハングルも時代の流れの1つでしょうが,中國が簡体字ばかりつかっているのもおなじことかもしれませんよね)

    会話させていただいたはじめのころ,星狩人さんが,楚辭をご存知だとおっしゃっていらっしたことをおもいだします。
    この「戰場南」は,その後,200年程,あとの漢の時代に書かれた漢代樂府歌辭です。
    100年,200年後,といったところで,悠久の歴史をかんがえれば,今の人間から言って,ほぼ同時代,というにひとしいかもしれませんが。

    そのころなにがあったか,といえば,中原(ほぼ=中國)の人口を半減させた,といわれる,楚・漢戰爭。
    いわゆる内戦。
    國家同士の,つまり今で言う対外戦争や,レジスタンスの抵抗戰爭でなく,ただの“軍閥の天下とりの爭い”で。
    この“軍閥の天下とりの爭い”は,中国風に美化して書けば,易姓革命,つまり“革命”の本義の,“天命をあらたむ”戰爭のことですが。

    中國,というのは4千年まえから,帝國主義列強の侵略がはじまる19世紀,その後の日本人の侵略まで,ずっとながらく,戰爭,といえばイコール天下とりの爭いで, 血で血をあらう内戦を繰り返してきたくに,です。
    その内戦のなかに,いわゆる“革命”的なものもあれば,虐げられたものの抵抗戰爭も,ときには内包している,といってもいいでしょうか。
    また,軍閥同士のなわばり爭い,といっても,単一の漢民族とおもわれがちですが,じつは多民族國家の中國なので,その國家興亡の歴史でもあるのですが。

    中國の思想は,この權力と反体制,國家VS民,つまりは戰爭と平和にかんして,ものすごく深い蓄積があります。
    すぐれた詩,文,學のあらゆるものが存亡の歴史のふかみをもち,また戰爭の反省からつくられている,といっていいでしょう,
    漢詩,とりわけ戰乱詩を読むにあたってそこのところだけぜひぜひふまえてください!

    この「戰場南」とはそれをふまえた最初の傑作,深い思想をそなえた詩,
    “詩人(=文化人)VS戰爭,國家”の対決,第一の傑作だ,とわたしはそんな思いいれをもっています。
    ギリシャのホメーロスの叙事詩,戰場詩のかずかずに匹敵する,(戰場南はたったいっぺんの詩,百字強の字数しかありませんが・・・・),とそれぐらいの傑作だ,とw。

    まあこのことは,いわば詩の背景,といったようなもので,それは抜きにして紹介したい,というのがこの漢詩ブログのコンセプトでわたしの理想のかたちなんでありますが・・・・

    コメントに,「これまでマヌケなことを書いて曝したら、恥ずかしいと、控えておりました,」とありましたが・・・・
    つまり,まず,
    マヌケなことを書いて曝しているのはわたしだ,ということももうしそえておきます。
    そこは,あんまり過剰に評価(過大も,もちろん過小もw)なさらないでください。

    根據もあって書いてることなので自分の書いてることに責任をもっていますが,漢詩の從來の解釈とはちがうことが多々あります,(というか違うとおもうから書いてるんですが。)
    「いのちがモノになってしまうとは、」とありました
    實は中國の思想として “物化”とは死を意味します。莊子は自分が死んだ際には野に捨て,空と土を棺として鳥や蟲に毀壊されるままにしてくれと弟子に詫しました。
    「吾以天地為棺槨」,仏教が伝わる以前のこの時代の死生観が拠ってたつ思想のひとつで,この詩の思想的背景かもしれませんね

    星狩人さんの解釈をかいてくださってとてもうれしかったのです,
    わたしも得るところが非常に大きくありました,ですからあまり正解とか,常識にこだわらず(正解はかならずあるのでしょうが複数ある,また常識は理解を助けるには資するでしょうがそれでしかない。というのもつねづねわたしの持論です),
    どうぞお気が向いたときにはご自由にお書きください。
    ほんとうにありがとうございました。
    それと。
    大統領からの花輪を投げつけ、大暴れをした韓国の母親に,ひととしてこころより敬意を表します。
    しみじみと。

    中山成彬が,つい最近ほざいた,日本女性は恥を知るからうんぬん,韓国女性は,うんぬん。という発言をかんがえれば,日本の狂気の男の社會,に,考えなく遠慮してしまっている女性たち,という図式も,あるにはあるとおもいますが・・・・。なんというか
    日本の平和は,日本の女性たち,母親たちの思考力に,ただただ期待するのみであります
    詩餘 句裂 偈

    詩囚

    Author:詩囚

    自作の詩ほか
    五言絶句を中心に四句偈,詩餘
    ふくめ中國舊體詩を紹介します

    こちらのblogは不定期の更新です

    メインのブログは
    楞伽案前,楚辭肘後

    最新記事
    このブログのカテゴリ
    別のブログ記事リンク
    全記事表示

    全ての記事を表示する

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。