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    《宙合》 《窖》 『楞伽阿跋多羅寶經』 

     Je vais dans la nuit  
     
      我某夜成道,  至某夜涅槃
        ――夜に道を成して(悟りを得て),ある夜涅槃にいたる



    『楞伽阿跋多羅寶經』



     我某夜成道     我,某夜に道を成した。
     至某夜涅槃     某,夜,に,涅槃に至る
     於此二中間     此の二の中の間については,
     我都無所説     我はすべてを説くことできぬ
     縁自得法住     縁よりて自得法,本住法
     故我作是説     ゆえ我はこのように説うた
     彼佛及與我     彼の佛(の知),および,佛と我と
     悉無有差別     差別の有ることなど,悉く無し




    『楞伽阿跋多羅寶經』  卷三《一切佛語心品》
       
    大慧復白佛言:
    「如世尊所説:『我從某夜得最正覺,乃至某夜入般涅槃,
    於其中間乃至不説一字,亦不已説,當説,不説是佛説。』」
       
    大慧白佛言:
    「世尊!如來.應供.等正覺,何因説言:『不説是佛説』?」
       
    佛告大慧:
    「我因二法故,作如是説。云何二法?

    謂:縁自得法,及本住法,是名二法。因此二法故,我如是説。
    云何縁自得法
    若彼如來所得,我亦得之,無增無減。
    縁自得法究竟境界,離言説妄想,離字二趣。
    云何本住法
    謂:古先聖道。
    如金銀等性,法界常住,若如來出世,若不出世,法界常住。
    如趣彼成道,譬如士夫行曠野中,見向古城平坦正道,
    即隨入城受如意樂。
    大慧!於意云何,彼士夫作是道及城中種種樂耶?」
       
    答言:「不也。」




    大慧(※),復た,佛に言ひていはく
    「世尊!あなたは夜に道成し、某夜に涅槃に至る,その間のことをなにもいわない,なぜでしょうか?」

    「世尊!如來.應供.等正覺という,なぜあなたはそういってそれ以上何もいわない,それはなぜでしょうか?」

      我は二法によりてこのように説こう
      いわく,
      ひとつ,縁によりて,悟りを得る,
      ふたつ,もともと住まう
    (=本性として具わっている),がゆえ悟りを得る。

      ひとつ縁自得 
      如來が得ているところを,我もまた得たるとも無増無減のごとく。
      縁より得る(ことができる),それは言説の妄想から離れ,
      文字の “二”趣(※)より離れ境界を究竟すること,である。

      ひとつ本住法。
      いわく古くに聖なる道が先んじてある。
      金銀の性等しきがごとく。ある。
      法界は常住す,如來の世に出づるも,もしくは出でざるも。
      法界,常に住まう法界。

      かの成せる道,
      たとえば士夫が
      曠野を行くてに見ゆる古城
    (城の内,都市のことだろう)
      そこに向かう,

      平坦な正しき道をすぐに見ゆ,すぐに城内に到る。

      それは喜びであるか?
      どうおもうか?

     ―― 宋(劉宋) 天竺三藏 求那跋陀羅 (Guṇabhadra) 譯 




    ※ 大慧菩薩摩訶薩=悟りを開こうとする衆生菩提薩埵
    ※ 趣=疾。病

    意譯,我流につき間違いはご指摘ご教示ください



    MaiJiShanBodhisattva.jpg


     合十   héshí

     左右是假名     zuǒ yòu shì jiǎ míng,
     郤亦左亦右     xì yì zuǒ yì yòu,
     自覺左内心     zì jué zuǒ nèi xīni,
     覺他常對偶     jué tā cháng duì'ǒu,
     自佛與他佛     zì fú yǔ tā fú,
     左右別無有     zuǒ yòu bié wú yǒu
     合十示宙空     hé shí shì zhòu kōng,
     在我的兩手     zài wǒ de liǎng shǒu,


           上聲十九有  右偶有手

                   20170921



                 




    自己の光明の在るところ,自“由” 
    これいたしかたなく

    黯處といへども影に過ぎず,
    暗渠といへど間隙に過ぎぬ

    日の光にとき明かされぬ夜はなく
    月の光に曝されぬ夜もない

    光はそこに在る,といふ
    たとへ,
    眼を閉じたとて
    自ら,
    あるかぎり

    その中に

    光吞む中に
    照らし照らされる
    堪えがたいほどの涅白





    のまれてゆく 
    まっくら,

    眼眩み,黑む

    光の芯は黑い窖
    口もまた空
    入りては出ずる孔

    在宥す,いやおうなしに
    己れの在處。



    あかぬ

    往くも歸るも
    とどまるがごとく
    まとわりつくがごとく

    去るが如き來たるが如き

    其中間乃至不説一字


     『楞伽阿跋多羅寶經』巻三
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    テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

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    詩囚

    Author:詩囚

    自作の詩ほか
    五言絶句を中心に四句偈,詩餘
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