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    安西冬衛 魔術的象徴照應詩 《八面城の念力》 『渇ける神』 

      Correspondence 1― 照應

    日本のコレスポンダンスの詩人,といえば,安西冬衛 が,真っ先に浮かぶ。
    クダクダしい解説もどきは抜きにして,《八面城の念力》と題された非常に
    はっきりと安西冬衛らしい象徴詩を。散文詩である。
    とはいえ,これが,なぜ “散文詩”なのか・・・・。
    むしろアンブローズ・ビアス(Ambrose Bierce)あたりの “短編小説” を
    思い浮かべる,なんていうひともあるかもしれない・・・・が

    八面城” というは地名である。
    八面城,または八面城鎮の位置は昌圖縣城の西北部,遼甯省,吉林省内蒙古
    の三つが交わる處,である。
    この詩の場合,そのことはどうでもいい。すなわち20世紀初頭の満蒙の,當時の
    邊境地域である,程度のことさえわかれば,あとはコレスポンダンスの森の中に
    ふみいってゆくだけである。

        八面城の念力     安西冬衛
     
       念力ほど世に恐ろしいものが又とあるだらうか。 
     
       當時わたしはラシッド財團對支文化事業夏期診療班に随って,
     東蒙地方を巡回診療のことに從つてゐた。
       かへりみれば 北京出發以來烈(はげ) しい沙漠の輻射熱 と險し
     しい排外的な空氣の中にあつて遂行してきた一行の使命は,實際
     予想以上の困難を伴つた。われわれは終始無理解な出先官僚の
     故なく擬する銃口と,ともすれば暴徒に化する畏れのある土民の
     危險に暴露して,辛くも任務をつづけてきたのである。
       現にカチルボーラでは重トラホームのために殆ど視力を失ってい
     る蒙古人の老婆が公然膿盤を略取していつた。又余粮堡(よらうはう)
     では,陰嚢象皮病の一患者がたくみに擬態を應用して班長ヘディン
     教授の折鞄を隠匿し去つて一行を苦笑せしめたが如くである。
       かういふ苦渋な日月も併し漸く終(をはり)に近く,この日午後には
     この行の終端地四平街に出るといふ八面城に於ける日程の最後の
     日,診療所は午前中に閉鎖して,一行の行李は大車(ターチャ) に搭載
     既に車站*に向けて發送を了(をは)つたあとのことだった。私は開車
     (カイチャ)*までの時間を利用して,
     業余に私の研究してゐる「支那人の容貌」のコレクションをとるため
     に,単身商埠* 地に赴いた。
       すると城北の老爺廟* に,仰天午睡に堕ちている一人の壯士*
      に遭遇した。

     面 甲骨文  この漢 (をとこ) の面魂 (つらだましひ) こそ世にも
     奇怪を極めてゐた。人間の容貌の眼目である
     「面目」という文字,ぬきさしならぬこの二字か
     ら重大な「目」の一字をぬきとったとでも譬へ
     ようか,眼窩の痕跡さへとどめない。
       ただみるそれは無埒な面魂だつた。

       私は左顧右眄した。蝟集(ゐしふ)* してくる群衆の妨害を恐れた
     のである。
       幸(さいはひ)あたりには人影もない。
       天与ともいふべき究竟なこの機會。目 甲骨文
       私は猶豫なくスケッチをとることにした。
       それにしても
      (この漢を現世によびさまさせる唯一の
      術は,臓器療法の他はあるまい)・・・・

       私は呆然と,胎生學上有り得べからざる妖怪の前に虚しく手を
      拱くのほかなかつた。
       と,私の眼球が,この時急速に乾いてゆくことを自覺した。
       強直が私の石灰質(ライム)を奔った

      (彼は儂(おれ)の眼球を欲してゐる!)

       果然,私の内語が,暗示となつて眠ってゐるこの漢の想念を喚
     起したのである。
       咄嗟に私は身を挺し*て迯(のが)れようと試みた。が時既に彼の
     一念は,かへさうとする私の踵(きびす)にかへさすまじと吸ひついた。 
       私は渾身の力を盡して,併しじりじりと踵をかへしはじめた。
       念力と死力の相爭ふ 輸贏(しゅえい)*。 
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     
       一進一退する彼我の阿吽は,しばし澄みきはまつて,ここに
     とどまるかとみえた。Magdeburg hemispheres――それも束の間,
     みるみる私の死力は彼の念力の前に蕩盡していつた。 
       ついに虚脱の刹那。
       同時に私は前後不覺に陥つた・・・・・・

       * * * 
       夜に入つて私は捜索隊に収容されて,辛(から)くも失明を
     脱(のが) れた。
       併し私の衣服は寸斷されて,満身に打撲傷を負うていた。


            『渇ける神』(椎の木社 昭和八年四月) 

     
     (※傍線,太字は管理人) 



      符合する符號と いくつかの漢語について

    *車站=chē zhàn 鐡道の驛
    *開車=kāichē   火車(汽車)の操縦車輌のこと,發車

    *商埠=shāng bù 光緒三十一年(1905年)に清國が結んだ
       『日清満洲善後条約』 第1条に準據する外國人居留地
       として日本人に指定開放した地域。遼陽,吉林,哈爾濱,
       満洲里などの開埠通商都市
    *壯士=zhuàng shì この時代,満蒙地区で壯士といえば,所謂“満洲馬賊”
       のことだろう。村の保衛をする遊撃隊のようなものでかつ,
       命しらずの俠士のことでもある。これをたんに,のち日本軍
       が考えたように匪賊,馬に乗った盗賊で討伐の対象,と考え
       たら,大きなまちがいとなるのである。この當時の満蒙のこ
       とはなにも理解できなくなるといっていい。
          (この詩の解釋には殆どカンケーないことだが)
    *蝟集= wèijí   紛紛と聚集すること。蝟はハリネズミ,
    *身を挺して=    このばあいの挺身  ting shēnとは
      日本語のいわゆる“身を挺して”と若干ニュアンスが異なる
      と考える。直起身來,または前進,挺爭して鬪いつつ逃げる
      挺身而出,奮起して出ずる,である。
      “迯れる” につながるので挺身逃逸,脱身である。 
      この“挺身”の,對義語は“退却” “萎縮”となる。
    *老爺廟=laoyé miào 一般的に何處にでもある,關羽を祀る關帝廟の
      ことだが,天の老爺の廟と考えるのもまた一興。
      また老爺廟という地も全土に有名なところがある
      “鄱陽湖”老爺廟の奇話は朱元璋と陳友諒の大戰の
      昔話や《聊齊志異》などでも有名。
    *輸贏= shū yíng (日本語でも“ゆえい”ともいう)勝ち負けだが,
       どちらかというと賭けごとの勝負の意 につかわれることがおおい


     
    窖と眼球 空氣と挺死尸 

     “Magdeburg hemispheres マクデブルクの半球”
     のこと。
     生來,歐洲の象徴詩,
    マクデブルグの半球

     オキュルティスムに異常な
     關心を持っていた
     安西冬衛である。
     安西の詩文にも,其のこと
     への執着ぶりは,しっかり
     看取できる。

     この詩においてそれは
     一進一退する 彼我の阿吽
     と “マクデブルクの半球”ある
     いは空気壓
     そして石灰質
     によって確信が得られる。
     さらに,もうひとつには。
     じつは挺身の挺には
      “睡眠”の意味がある。

     って
     フツーに讀んだら・・・・,
     まるでシリメツレツだ。
     とは言えこれが,
     安西冬衛 というものなのだ。
     しょーがないのだ

      つづく 安西冬衛② 缺損と填窖《堕ちた蝶》『軍艦茉莉』ほか

      《莊子之蝶》  Zhuang zi zhi die

      詩境鱗光戀雙翅    Shījìng lín guāng liàn shuāng chì
      醒舞醉生變遍移    Xing wu zuì shēng biànbiàn yí  
      韃靼海峡見無花    Dádá Haixiá jiàn wú huā  
      辯辯胡蝶夢何飛    Biàn biàn húdié mèng hé fēi 
                                
        解題:雙翅を戀うる,(韃靼海峡は平仄合わせず)。
        また,『莊子』内篇 齊物論にいう 昔者荘周夢爲胡蝶 ・・・・。
         不知周之夢爲胡蝶與胡蝶之夢爲周與。

            2012-06-09

                ** * * * * * * * * * * * * * * * * 

      《詠 蝶》   Yong die 

      胎心喪氣變化成    Tāi xīn sàngqì biànhuà chéng
      冷冷羽恍無息聲    Lěng lěng yǔ huang wú xi shēng
      戀戀火焦花作骨    Liàn liàn huo jiāo huā zuò gǔ
      詩家紋蝶復尋生    Shī jiāwén dié fù xún shēng


              2012 0609

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    テーマ: - ジャンル:小説・文学

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    Author:詩囚

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