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    富澤赤黄男 『天の狼』 中島敦と新興俳句のこと 

     幻の砲車を曳いて馬は斃れ
                  ――富澤赤黄男


                    中島敦と+“峭刻”からの續きです

    一日かけてしまった前置きが長かったが,ここから本題。
    中島敦富澤赤黄男をセットで論じた文章,というものがある。
    塚本邦雄が書いた 「天涯の狼」 という短文である。
    以下,その冒頭よりおよそ半分くらいまでを引用する。

     「天涯の狼」 塚本邦雄

     句集『天の狼』の巻頭には虎が現れる。枯木立の中に孤獨に眼を輝かす虎,續いて冬陽炎を身に纏つて呆然たる虎。次に枯蔓に眼を凝らす豹,これらの悲しみを湛えた猛獸は,おのづから作者赤黄男の自畫像となって讀者の心中にありありと顕つて來る。

       爛 爛 と 虎 の 眼 に 降 る 落 葉
       凝 然 と 豹 の 眼 に 枯 れ し 蔓
       冬 日 呆 虎 陽 炎 の 虎 と な る

     これらは俳誌『旗艦』昭和十六年三月號であるが初出であるが,これに
    先立って前年春には 

       豹 の 檻 一 滴 の 水 天 に な し   
    が,秋には
       日 に 吼 ゆ る 鮮 烈 の 口 あ け て 虎

    が作られ,句集には第二章に含まれる。
     これら一片耿耿の志を秘めあるいは囚われあるいは世に背いて,何かを凝視
    してゐる虎,すなわち詩人の姿は,痛切でありまたまことに象徴的である。
    『天の狼』 なる第一章の標題即句集題も,當然,孤影を天にきらめかすシリウス
    であるとともに赤黄男の詩魂そのものであった。

     そのかみ昭和十年の『旗艦』

       老 獸 は 極 北 の 夜 を さ め て 哭 け り

    と記したがこの悲しい獸は,戰爭の深刻化と共にふたたび蘇つて,作品中に出
    沒することになる。

     眞の詩歌人は,虎豹に變身することによってのみ,心の深奥を訴へざるを得ぬ
    時節が來てゐた。齡,不惑に近づかうとする壯年のただ中ながら,思ひ及ぶところは既に隈もなく硝煙の臭ひが立ちこめ,詩歌の虎は檻の中に呻吟するか,
    戰野に驅り立てられるか,いづれかを選ばねばならなかつた。中島敦李景亮《人虎傳》に典據して『山月記』を草したのが,「爛爛と」等の翌十七年春,三十三歳であったのも,不思議な因縁であった。敦はその翌年他界した。

      鮮麗にして悲愴な作品群,優雅な陰翳と苦い諷刺をひそませた作品群,殊に『天の狼』 の中のそれは,新興俳句の到達した,俳諧詞華の極致と評してよからう。 三鬼*の機知と幻想,茅舎*の耽美述志,これらをあわせたかの句境が赤黄男にはある。句例は枚舉に遑もない。だが,きらめく句群を列記しつつその彼方に浮ぶのは,檻の中で昏い瞳を瞠る一頭の虎の姿である。かつまた,すべてこの虎の變身,變貌の證に他ならぬ。

                                   ―――以下略
      *茅舎=川端茅舎のこと。別號,遊牧の民・俵屋春光。
      *三鬼=西東三鬼
       


    幻の砲車を曳いて馬は斃れ

       ―― 赤黄男は一九三七年九月,召集される。
                陸軍,所謂 輜重隊,工兵 少尉になる。
    ――


    もうすぐ七七事變の日である。大隊長一木直清,連隊長牟田口廉也といった
    軍人ひきいる歩兵第一連隊と宋哲元の第二十九軍によるいわゆる “日華事變”の勃發の端緒。
    このあと八年に渉る,中國からすればレジスタンス,日本からすれば匪賊討伐の戰いである。
    のちに,おおくの无辜の兵隊の命をうしなわしめた,死屍壘壘のインパール作戰を強行した,あの牟田口廉也である。これは盧溝橋を引き起こした責任感,その認真誠實のために遂行せざるを得なかったという連鎖連累してしまう歴史,その因果,でもある,とはわたしもおもう。

    戰爭には一方向からの切り口では絶對わからない複雑な因果がある。

    しかしながら「白骨街道」を現出せしめた,當人は日本に歸國を果たし,兵士の多くは死んだという事實だけは厳然としてある。どちらの史観にたつにせよ,惨憺たる兵卒のありさまである。机上の空論,神がかった精神主義の見本のようにいわれるインパール作戰,戰病死ふくめほとんどが餓死,その數五萬とも六萬ともいう。

      
    一般的に戰爭末期のこととして語られる補給線の破綻。しかし,日華の爭いの端緒から,補給などは,いきあたりばったりにちかかったのである。そのしわ寄せと,矛盾はすべて前線の兵士のにかかってくる。
    或いは貧しい中國の農民である。
    何故こんなことを書くかというと,書かなきゃ,なかなかに傳えきれないだろう,
    といううた,があり,それを書きたいからである。
    つまり戰爭が重石のようになって壓死寸前,轢死寸前という中で書かれた詩,
    それ抜きには到底語りきれないもの。

    赤黄男は中國中部を轉戰,一兵卒として數數の從軍俳句の傑作を詠むことになる。
    そして,傷病を得て一九四一年に一旦帰還する。
     
    じつはこの歸國があったことで,結果的に現在のわたしたちに數數の傑作を殘してくれた。
    そうでなければ,陽の目をみることは,あるいはなかったかもしれぬ中國轉戰中の從軍句である。
    時代は完全に真っ黒け,ファシズム體制下にある。精神の自由を訴えることは死を意味する時代。歐州でもどこでも同じような文人の悲劇はおこった。

    當時,日本國内では治安維持法によって,主要な俳句同人が,つぎつぎに
    検舉されていった。幾人かの悲惨な末路は推してしるべし,『旗艦』 主催者 の
    日野草城 も引退を余儀なくさせられ進退窮まっていた。

    そのさなかの一九四一年九月,赤黄男の句集 『天の狼』 は,『旗艦』発行所によって刊行されたのである。句集と同じくらい,覺悟をもって,いや拘束や拷問死の危險が,現實に在るなかでは,より以上に尊い神魂かもしれない刊行者に
    よって世にだされ,どれほどの悲壯感によって世にうけいれられたことか。

      困 憊 の 日 輪(ひ) を こ ろ が し て ゐ る 傾 斜

    その『天の狼』に収められる,中國轉戰中の赤黄男の句。
    なかでも,輜重隊と與もに在るときよんだであろう,句のいくつか。
    いやもおうもなく戰爭の淒慘を感じさせられる。
    過酷な從軍行と,それを阻む長城に象徴される地域。長城以北は朔陲などと
    いわれ峭しい峻嶮の中國大陸,かつて漢代には,對匈奴戰のための邊塞が
    おかれた,山西省北部から山海關にかけては延延と,蜿蜒とつづく荒野である。
    そのとき,おおきなおおきな黄色い大地の彼方に轉げるように沈みゆく,炎と
    みまごうような夕陽だろうか・・・・。そしてまっ黑い夜の,闇,闇黑。

    “太行八陘”羊腸坂太行山脈の嶮しさは,魏武帝曹操の樂府《苦寒行》や又
    《飮馬長城窟行》など數數の從軍行によっても古來より日本につたえられてきている。

     行き行きて日すでに遠し,人馬時を同じうして饑う。 

    北上太行山,艱哉何巍巍! 羊腸阪詰屈,車輪為之摧・・・ 
    艱なり哉何ぞ巍巍たり,羊腸坂詰屈し,車輪,これが爲に摧かれる
                    ―― 魏武曹操《苦寒行》


    河北省北西部から南西走して山西省南部にいたる山岳地帶である。
    西暦二百年の三國志の當時もおなじ,昭和の中國戰線でも,大日本帝國陸軍
    の軍需物資武器彈藥のすべてを運んでいたのは 馬 であった。
    日中戰爭初期からつねに,兵卒を苦しめた輜重隊の進行の艱難困苦,補給線
    の破綻。


      彈 彈 を 擔 う 激 怒 の 雲 炎(あか)く    「ある地形」
      陽 炎 の 砲 身 迂 愚 の 裸 と な る    「江岸要塞圖」
      執 着 の 砲 座 は 晝 の 月 を の こ し       「同」

                         『天の狼』 昭和十六年初版所載)

      泥 濘 の 昏 迷 を 匍 う 毛 蟲 と な り       「不発地雷」
      に ぎ り 拳 が 白 い 髑 髏(しやれかうべ) と は な り  「いくさのはて」
      鶏 頭 の や う な 手 を あ げ 死 ん で ゆ け り  「東洋の雲」

                         『天の狼』抄  昭和二十六年 再版所載)


    そして赤黄男は一工兵輜重兵として,輜重隊の軍馬の死をうたったのだ。
    それがこの頁の冒頭かかげた句である。
       ――― 幻の砲車を曳いて馬は斃れ ―――
    武器弾薬,大砲から,野營のための物資から,すべて馬が背負っていた。
    それでも機動性を要求される。
    泥にはまる,足を折る,飢餓が迫ればたべられる馬。
    日本から重用された軍用馬は一頭とて日本に歸ることはなかった。

    ところで,もしも馬が死んだら
    つぎは,兵士の肩が運ぶのである。
    ゆえの“幻”,ということなのだろう。
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    詩囚

    Author:詩囚

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