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    琴 李長吉(李賀) 《仙 人》  

        琴


       司馬相如 と琴と武帝と春を歌う 李長吉 《詠懷》
      司馬相如と卓文君 。親の反對を押し切って司馬相如のもとに私奔した文君。
      “家居茂陵” したとき娶妾しようとした相如に文君が決絶として演唱した
       《白頭吟》 の氣憤は,あまりにも有名である。二人の愛情を讃えた
       《文君曲》,《鳳求凰》 ,のような琴曲もつくられた。

    樂舞俑:歌舞宴樂見證漢宮奢華

      漢魏晉,文人の琴手の話。

      東漢,琴の名手はといえば 蔡邕 か。
      《蔡氏五弄》,すなわち 《遊春》,《淥水》,《幽居》,《坐愁》,《秋思》
      唐代にいたるまで琴の名曲として盛名をほしいままにした。
      (現存する明代の琴譜中に 《蔡氏五弄》 とあるのは,當時の原作ではないと,
      其の歌辭は 『樂府詩集』郭茂倩 にみえる)
      漢末に,音樂と樂府をこよなく愛した魏武曹操と,蔡邕とその娘でやはり
      琴の名手だった 蔡琰=蔡文姫 父娘との友誼,關わりはつとに知られるところ。

      また漢末のもっとも代表的な樂人で琴の名手は 杜夔 であった。
      雅楽郎であった杜夔は荊州牧劉表のもとで漢天子劉協(獻帝) のために雅楽を
      調えたときの, 劉表を諌めたエピソードが三國志の記述に見える。
      そして子の劉琮が曹操に降伏すると,曹操は杜夔を, 軍謀祭酒 となして雅樂を
      創制させた。
      杜夔は黄巾賊の亂から長期にわたる戰亂のなか,散佚してしまった傳統音樂を
      輯録,彙集につとめ恢復させたという。
      『三國志・魏書』方技傳第二十九 によれば,杜夔を評して陳壽いわく
      教習講肄,備作樂器,紹複先代古樂,皆自夔始也
      魏の黄初年間,文帝曹丕のもとで 太楽令,協律都尉 に任じられるも,文帝と
      折り合わない事が多くたがいに不満を抱いて免職,とある。

      東漢末から魏晉にかけては 阮瑀(元瑜) が,琴の名手として知られる。
      阮瑀は蔡邕と同郷で,幼時,蔡邕について學んでいる。
      曹操がその彈琴作歌の妙によってとくに重用した。
       “建安七子” 文と樂のイメージは阮瑀に代表され,
      その音樂的修養は兒子 阮籍(嗣宗 )の孫 阮咸(仲容) に受け繼がれる。
      阮咸は亀玆(天山南路のオアシス都市)傳來の琵琶を改めたという傳説によって,
      四弦の琵琶は阮咸とよばれるのである。
      阮籍は司馬氏の殘暴陰險な統治の下,禍をおそれ,醉酒佯狂
      つまり酔っ払い狂を佯わり,つねに自己を掩飾していたが琴曲 《酒狂》
      そんな彼の心境をよく表達しているという。
      この三人には面白いエピソードがいっぱいある。

      そして。琴の名手,竹林七賢,音樂といえば,勿論 嵇康(叔夜) である。
      彼は 《聲無哀樂論》 という音樂の思想と理論を著わした。
      さらに 嵇叔夜《琴賦》 は,音樂評論の文章でもある。
      その序言の中に

      餘少好音聲,長而習之,以爲物有盛衰而此無變。滋味有厭,而此不倦。
      と
      音楽をこよなく愛したこと陳べ,さらに音樂の作用を明確に高らかに肯定する。

      音樂とは,
      可以導養神氣,宣和情志,處窮獨而不悶者,莫近於昔聲也。 
      であると。
      《琴賦》 の疊句は,緊張と高昂,の調子をもってつづけられ,
      抑揚もあり銷沉もする。そして愔愔の琴德,は不可測であると。
      樂曲繁聲の表現の筆致は,びっくりするくらい,音樂的,生動感ありで,
      いかにも撥弦樂器の奏者の手で著わされた文章,と感じさせる。

      “竹林七賢”阮籍や嵇康らによって,弦樂器は“隠者のたしなみ”
      にますます必須のものとなってゆくのだ。
      陶淵明は弦のない琴をかかえてたらしいが。
      又,庾信は,ああ,琴を奏でることができたなら・・・・と北の地で嘆く。
      遁世之士にはなぜ弦樂器がふさわしいのかまではは,よくわからないのだが,
      もって導かれて神氣を養ってみたいもの。



    李賀(李長吉)《仙人》

    仙人

      彈琴石壁上   琴を彈ず石壁の上
      翻翻一仙人   翻翻(ほんぽん)たり一仙人
      手持白鸞尾   手に白鸞の尾を持ちて
      夜掃南山雲   夜,南山の雲を掃(はら)
      鹿飲寒澗下   鹿は飲む,寒澗の下
      魚歸清海濱   魚は歸る,清海の濱(ひん)
      當時漢武帝   當時,漢の武帝に
      書報桃花春   書をもて桃花の春を報ず

         集英社版『漢詩大系・李賀』斉藤晌氏による書き下し文と語注,大意を
         要約してのせています 

      大意:
      仙人は身も輕やかにそり立った石の崖上で琴を彈く,
      手に鸞鳥の尾羽をもって南山の雲を掃えば鹿は寒水を飮み,
      魚は清らな濱にかえっていく。漢武帝は神仙を好んだが,
      仙人はわざわざ仙桃の花の咲く春が來たと報せてきた。
      長吉の生きた唐憲帝の時代,帝も神仙道に惑わされ,
      長安に方士が集まり宮中に入っていた事を諷したとの説がある。
      これは詩の解釋としては?。


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    絲調と聲樂

      絲調と聲樂と ポリフォニー

    彈奏隋代樂俑



      西洋の古典音樂,とくに古樂(いわゆるバッハ以前*)をよく聞いている。 
      その古樂の弦樂器というとヴィオラ・ダ・ガンバ,ギターラ,リュートなどだが,
      つま彈く,撥る,弦樂器の曲はとりわけ好きである。

      原來カトリックの教會では,器樂演奏は忌むべきものであったので,
      それらはすべて世俗の音樂ということになる。
      聲樂でいえばモテト(宗教曲)に對してマドリガルである。
      戀のうたの調べ,豊穣の秋をことほぐ祝祭のうたの陽氣な伴奏・・・,そのような,
      酒と豊穣の神デイオニソス(バッカス)の “教え”にみちびかれてしまうような
      “淫靡で野卑な陶酔” を,教會はおそれていた。

      とはいえ,カトリシズムは陶酔自軆を否定していたわけではないのである。
      修道士が作り出してはじまったリードオルガン,(つまりふいごのオルガンだが)
      だけは教會内部に設置されて比較的初期から(10世紀頃にはあったらしい)
      禮拝につかわれた。
      簡單には “もちはこべない”し,だれで彈けるものではないことは言うまでも無い。
      ずっと後世バロックの時代になると,巨大なパイプオルガンが大教會にそなえられ
      莊嚴の音色が禮拝堂に響きわたり,信者は,神の愛に陶酔,信仰の恍惚に
      導びかれていく。

      教會音樂,グレゴリオ聖歌をはじめとするアカペラの聲樂は,
      崇高な神への信仰を歌い上げる。
      ちなみに,グレゴリオ聖歌が整備整頓されてほぼ今の形になったのは13世紀。
      教皇イノケンテイウス,ルイ八世,十字軍の軍旅を発動したり,異端カタリ派
      アルビジョア十字軍の彈壓が熾烈であった。
      つまり,異教徒との文化交流さかんな時期,その必要があって整理された,と
      言えるかもしれない。
      歴史の有因有果,世に文化事業とは・・・必要があっての必然なのだ
      たとえば,代の輝かしい “四庫全書” の編纂事業など,ある特定の種類の
      言論を排除するために,なされる必要があった・・・・
      というようなことだ。

      *バッハ以前」というのは音楽史を語るによく使われる言い回し。
      嚴密にバッハの作品より以前に作られたものだけを示す,というより音楽史的に
      時代を區分するさい便宜上使われる。「ルネッサンス音樂」,などほかにも
      言い方はある。

        koto0001.jpg


       ポリフォニー polifonico 

      ところで,複數の聲音の,調和することを眼目,第一義としたポリフォニー,
      これがバッハ以前の聲樂なのだが,ポリフォニー polyphony 音樂というのは,
      普段の生活ではまず耳にしないもの。
      現代のポピュラー,シリアスミュージック問わず,ほぼ全てのジャンルの音楽が
      モノフォニー monophony 音樂である。
      傳統的な(・・・滅びかけてるようなといってもいいかもしれない)民族音樂には
      意外とポリフォニーが多い。
     
      モノ,フォニーは一,聲音,ということだが大雜把にわかりやすく言うと,主旋律
      がある,ということ,それに陪伴する,伴奏がある。
      バッハ以後はほぼ,現代に至るも,西洋音樂の99%といっていいのかもしれな
      いがほぼこの形式である。
      一方ポリフォニーとは,たとえば四聲(よんせい)であれば,均等の音“量” で
      四つの旋律があり,合わさったときにはじめて,“” たる旋律が完成される。
      その構成,ということだが。
      これはユニゾン Unisonoの概念とはまったく異なるもので,
      一つの聲が獨立しては,つまり個個には甚だ不完全(でおもしろくもない旋律)
      ではあるものの,それぞれ “主”としてなりたちうる。
      つまり他に隨わず,陪伴ではない。
      合唱されるとはじめて調和をもたらし,完成される。
      一が缺けても不完全となってしまう主旋律,(それは甚だ魅力的である・・・)が
      あらたに成立,立ちあらわれてくる,ということだ。
      嚴密にポリフォニーの理論に基づけばリズムもばらばら,ということにもなる。

      こうなると作るのも,むずかしい。 聽くほうは,といえば
      一般に旋律をとらえ聽きとることが,まず耳慣れない,というところで,
      (その點だけなのだ,と思うが)非常に難しい。
      が,一度耳に慣れてしまうとこれが心地よい緊張感である。
      慣れ心地よく感じるためには,ある程度,聽き込まなければならない。
      早道は,ポリフォニーだけをひたすら聽くという。
      英語を何とかモノにするには “日本語のない” 環境におけ!
      というようなカンジかもしれない。が,ポリフォニー音楽の場合,現實には
      それはほぼ不可能なことである。
      自室にこもってひたすらCDレコードだけを,聽き續けるというの苦行に近いが
      自室の外に一歩でたとたん,巷にあふれかえるのはモノフォニー音樂ばかり。
      クラシック音樂にひじょうに詳しいといわれる方でも 
      ポリフォニー,は,ちょっとカンベン・・・という人は意外といる。

      餘語
      一方,弦楽器をこなすひとは,比較的ポリフォニー音楽を聴く人が多いのでは
      ないかという氣がする。
      エレクトリックギター,アコースティック とわず,ロック,ジャズとわず。
      知人に,クラシックなんか一度も聽いたことがない,と豪語する,ボトルネック
      奏法が得意な黒人音楽フリークのギター彈きがいる。その人にポリフォニー
      を聞かせてみたとたん夢中になった,ということがあった。
      思えば,スチール・ギター,スライドギター,みなオープン・チューニング。
      常に弦の一本,一本の存在,主張とその價値,その個性を熟知しているから,
      なのかもしれない。
      つまり,ポリフォニーとは,“個性” を主張しながら一個の楽器をつくりあげて
      奏でる,そうしてはじめて出來上がる,“全體”。
      ということかもしれない。
      ひとりひとりおのおのの聲音,が,まるで弦の一本,一本がたとえばEADG,
      ミラレソの聲音(というか弦の場合テンションということだが),それが合して
      コードが構成されるような,ポリフォニーの構造。
      四人の聲で一つの樂器となる,そんな感覺,といえるか。

      ま,個人の聲は小さく,聽きとりづらく,同じ考えの集團,とりわけリーダーの聲は
      伴奏を伴って大聲音になり,聽きやすい,のは,世のならい,とこれこそ餘語だが。

        gakki4.jpg

       ア・カペラ と カストラート

      そしてア・カペラ。A Cappella。 
      choral music。 without instrumental accompaniment。
      ア・カペラは本來教會の,器楽伴奏のない聲だけの樂曲のこと。無伴奏の合唱。
      語意は,ア・カペッラ。聖堂,禮拝堂に於いて,という意味のイタリア語。
      さて。 
      當然,聲による神の讃歌はきよらかでなければならない,カトリック教會は,野卑に
      陥りやすいとして女の聲を忌避した。神に仕える修道のものが獨身でなければ
      いけないのとおなじ理窟であるである。

      カストラート Castrato   (カウンターテナー・パート)
      そこで,いびつで靡靡たることに,アルト・パートやトレブル(ソプラノ)パートを
      去勢した男性と變聲期まえの少年によってまかない,世界の調和をもたらす
      四部を構成させて聖歌をうたわせた,ということである。
      それがボーイソプラノ の意味であり,カウンターテナーの起源である。
      カストレ(去勢)されたカウンター・テナーをとくにカストラートといったわけ。。

      儒家のいう淫靡な亡國の音樂,新聲百里とか靡靡之楽とは,またちがう。
      ちがうのだが,ある體制を維持するために,音樂を色分けし規制する發想は
      おなじもののようにもに感じる。それ以上に・・・・ry 東西同じ。
      それはそれ  
                   つづく,かも


      勝手な喩えをたのしめば,世界の調和をもたらす四聲ポリフォニーのネウマ譜
      (四線譜)は,四言詩しかも四聲(しせい=平上去入)の律を具えた四言詩。
      どちらも,そんなものは存在しないが。
      五線譜は。五律。?バッカスのことほぎは樂府歌辭?
      てきとーだなあ。
      李白がモーツァルトとすれば,謝朓はジル・バンショア。
      そうなるとジェズアルトはさしずめ孟郊賈島といったところか。

     ☞ 孟郊 五古詩「亡國之音」相互侵陵 《遣 興》 
     

    テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

    琴 謝玄暉(謝朓) 《琴》 浩兮湯湯,鬱兮峨峨

    輕鳴響澗音 ―― 

    曾候乙墓出土的十弦琴是最早的古


    南北朝時代琴を詠んだ詩は多い。ことに謝玄暉 の詩にはよく琴の字を見る。
    そして音が聞こえてきそうな詩を書く,といえばまず謝玄暉をおもいうかべる。
    鼓吹曲の數數は,殘念ながら 昭明『文選 』 には,
    わずかに一曲だけしか収められないが,どれもみな美しい音色を持っているようで,
    清澄に響いてくる感じがするのだ。
    また,謝玄暉は音を擬音語でなく句で鮮烈に表現しているようだ。
    擬音語の妙,珍奇といえば 李長吉 の“語”もすてきだが。
    謝玄暉は五字で音と幽思を表現する。と,そんなカンジ。

    “采采粲粲” ,また “愔愔と”
    “從容として秘玩し,複疊攢仄する” のである。
    今記したこれらの言葉はみな  嵇(康)叔夜 《琴 賦》 から拾ってきた言葉だが,
    わたしにとっては謝朓の詩は弦を撥る,の音響なのだ。

    南齊謝朓(464-499) 《琴》


       謝朓《琴》 ,最後の句“淫淫客涙垂”が,まさに南北朝の悲痛の響き。
    淫淫の聲,靡靡の調,すなわち亂世之音・・・・。

    《琴》

     洞庭風雨幹    洞庭は風雨の(根)幹をなし
     龍門生死枝    龍門,生死の枝(わかれ)なり
     彫刻紛布濩    彫し刻み紛れて布濩(ふかく)たり*
     沖響郁清危    (天に)沖す響き郁として清く危*なり
     春風搖蕙草    春風,蕙草(かおりぐさ)搖らし
     秋月滿華池    秋月,華池に滿たる
     是時操別鶴    是の時,《別鶴操》*
     淫淫客涙垂    淫淫として客,涙垂れり 



      *彫刻,紛=?琴の彫刻をいうのかよくわからない
        彫し刻して紛れてひろがりゆく・・・・
      *布濩=天に盈溢するようなひろがりゆくさま
      *沖響=まっすぐに高く伸びる響きは。
      *郁=かぐわし
      *危=高い,もしくは精巧か
      *別鶴操=琴の曲名

    * 《別鶴操》 の歌辭は夫婦離別の悲痛,かた戀の切ない思いをうたう。
    漢代の別鶴は男女の有情無縁の象徴だが・・・・。
    古來。
    鶴は君子,清らかさ、隠遁,神仙,長壽,氣高さ,白,忠心などの象徴だった,
    魏晉から南北朝時代は,むしろ鶴の鳴く聲の哀しげな響きは,
    詩に詠われれば君上臣下の情,國亂の悲哀の象徴である。
    琴の音,すなわち亂世亡國,あたかも通奏低音のように響いているようだ。



    離堂華燭盡,別幌清琴哀 ―― 謝朓

    ここではちょっと琴にこだわって,
    南北朝時代の琴を詠んだ詩を。
    それほど著名ではないのか,事蹟があきらかではなく,ほかにどのような詩
    を書いているかも定かでないのだが。
    これらの詩からつたわってくるのは,いずれも亡國の遺臣となって,
    善く琴を彈いては羈魂を慰め祖國を懷かしむ,また他郷(おそらくは北朝)に
    流寓して音を知るものの無い寂寥,といった情景である。
    三首。
    どれもかなしい。 
    《楚妃》,《貞女引》,《龍門》 何れも琴の曲,琴操である。
    “掩抑”,“張”,“雜調”,“新聲” は琴や樂の用語。
    《紅塵》 《白雲》 もまたそのような意味があるのだろう,
    嵇叔夜《琴賦》 にでてくるが未詳。
    “雍門” は孟賞君と 雍門子周「琴諫」 の逸話からきているだろう,
    亡國の悲哀に琴の音が涙をさそうという六朝らしい“淒涼蕭瑟”なのであろう。  

    いずれも『詩紀』に収められる。また『文苑英華』も参照した。   

      馬元熙(北齊)  《日晩彈琴詩》


     上客敞前扉   客の目前に扉はゆったりとひらかれている

     鳴琴對晩暉   晩に暉に琴に對して鳴らす
     掩抑歌張女   掩抑*して歌を張す女**
     淒清奏楚妃   淒清と《楚妃》を奏でる
     稍視紅塵落   稍(やや)紅塵に落ちる視る
     漸覺白雲飛   《白雲》の飛ぶを漸く覺ゆ
     新聲獨見賞   ”新聲”,見て獨り賞するを
     莫恨知音稀   恨むなかれ音を知るもの稀なり 


      *掩抑=音の調子を抑える
      *張=張瑟,瑟の弦の調整を謂う語か張聲かよくわからない
      *紅塵=俗世間
       



      沈炯(陳) 《賦得爲我彈清琴詩)

     爲我彈清琴   我,爲に,清琴彈ず
     琴鳴傷我襟   琴の鳴りは我が襟を傷む
     半死無人覺   半ば死して人覺ゆるは無し
     入竈始知音   竈に入りて始めて音を知る
     空爲貞女引   《貞女引》は空しく爲さしめん
     誰達楚妃心   誰に達するや《楚妃》の心(吟)
     雍門何假說   《雍門》,何ずくんぞ,假(うそ)を說かん
     落涙自淫淫   自ずから淫淫として落淚す


      *覺=文苑に見に作る
      *心=文苑に吟に作る

      雍門子周の琴を聽いて亡國の哀しみに涙を流した田文(孟賞君)
      の“雍門琴操”が典故となっている
       


      蕭愨(陳)《聽琴詩

     洞門涼氣滿   洞門に涼氣滿ちて
     閑館夕陰生   館閑じる夕べに陰氣生まれり
     弦隨流水急   弦は水の流れに隨いて急なり
     調雜秋風清   雜なる調べに秋風清
     掩抑朝飛弄   掩抑*して朝に飛弄
     淒斷夜啼聲  淒斷*して夜に啼聲す
     至人齊物我   人,至らば物我齊しかる*
     持此説高情   此れ持ちて高き情を説く


      *持此=文苑に時與に作る
      *淒斷=極度に淒涼として悲痛なるをいう)
      *齊物=『莊子』《齊物篇》
        蕭愨の《秋思》は代表作として知られるがその他は不詳
      



    沈炯は,ほとんど日本で紹介されていないのだろうか,なにもわからない,
    ただ其の詩賦の評價は低いものではない,庾信とならび賞讃されているようだ。
    《詩紀》に収めえられる詩はみなどれもいい。
    《詠 鶴》
    依池屢獨舞  對影或孤鳴  乍動軒墀歩  時轉入琴聲
     
                 ―― 沈炯 《詩紀》九十九


     ☞ 謝宣城全詩集

    琴 嵇叔夜(嵆康) 《琴 賦》彈奏箜篌的隋代樂俑

        琴 賦      嵇叔夜 
    koto0002.jpg



     餘少好音聲,長而玩之。以爲物有盛衰,而此無變;
     滋味有猷,而此不倦。
     可以導養神氣,宣和情志,處窮獨而不悶者,莫近於聲也。 
     是故複之而不足,則吟詠以肆志;吟詠之不足,則寄言以廣意。
     然八音之器,歌舞之象。
     曆世才士,並爲之賦頌。
     其體制風流,莫不相襲。
     稱其材幹,則以危苦爲上;賦其聲音,則以悲哀爲主。
     美其感化,則以垂涕爲貴。
     麗則麗矣,然末盡其理也。
     推其所由,似元不解音聲;覽其旨趣,亦末達禮樂之情也。
     衆器之中,琴德最優,故綴敘所懷,以爲之賦必。



     
    惟椅梧之所生兮,托峻嶽之崇岡。
    披重壤以誕載兮,參辰極而高驤。
    含天地之醇和兮,吸日月之休光。
    鬱紛紜以獨茂兮,飛英蕤昊蒼。
    夕斤納景于虞淵兮,旦唏于于九陽。
    經千載以待價兮,寂神躊而水康。
    且其山川形勢,則盤紆隱深,璀嵬岑目。
    玄嶺峻岩,蚱鱷嶇嶺。丹崖峻蠼·青譬萬尋。
    若乃重秈增起,偃蹇雲覆。
    邈隆崇以極壯,崛巍巍而特秀。
    蒸靈液以播雲,據神淵麗吐溜。
    爾乃顛波奔突,狂赴爭流。
    觸岩觚隈,鬱怒彪休。
    洶湧騰薄,奮沫揚濤。
    沁汩澎湃,蟹嬗相糾西。
    放肆大川,濟乎中州。安回徐邁,搴爾氐浮。
    澹乎洋洋,縈抱山丘。
    詳觀其區土之所産毓,奧宇之所寶殖。
    珍怪琅玎,瑤瑾翕赤色。
    叢集累積,奐衍於其側囝。
    若乃春蘭被其東,沙裳殖其西窖。
    涓子宅其陽,玉醴湧其前。
    玄雲蔭其上,翔鸞集其巔。
    清璐潤其膚,惠風流其問圓。
    竦市肅以靜謐,密微微其清閒。
    夫所以經蕾其左右者,固以自然神麗,而足思願愛樂矣。

    於是遁世之士,榮期綺季之畸,
    乃相與登飛梁,越幽壑,援瓊枝,陟峻嶗崿,以遊乎其下。
    周旋永望,邈若淩飛。
    邪睨昆侖,俯闞海湄。
    指蒼梧之迢遞,臨回江之威夷。
    寤時俗之多累,仰簛山之餘輝。
    羨斯嶽之弘敞,心慷憾以忘歸。
    情舒放而遠覽,接軒轅之遺音。
    慕老意之魂隅,飲泰容之高吟。
    顧茲桐而興慮,思假物以托心。
    乃磯孫枝,准量所任。
    至人攄思.制爲雅琴。
    乃使離子督墨,匠石奮斤。
    夔襄薦法,般佳騁神。  
    鎪會衰廁,朗密調均。
    華繪彤琢,布藻垂文。  
    錯以多象,藉以翠綠。
    弦以園客之絲,徽以鍾山之玉。
    愛有龍鳳之象,古人之形:伯牙揮手,鍾期聽聲,
    華容灼爍,發采揚明,何其麗也。
    伶倫比律,田連操張,進禦君子,新聲慘亮,何其偉也。
    及其初調,則角羽倶起,宮徴相征,參發並趣,
      上下累應,堪踔碣硌,美聲將興,固以和昶而足耽矣。
    爾乃理正聲,奏妙曲,揚白雪,發清角。
    紛淋浪流離,奐淫衍而優渥。
    粲奕奕而高逝,馳岌岌以相屬。
    沛騰邏而競趣,翕晡煜而繁縟。
    状若崇山,又像流波,浩兮湯湯,鬱兮峨峨,怫惘煩冤。
    紆余婆娑國。 
    陵縱播逸,霍瀅紛葩,檢容授節。
    應變合度。
    兢名擅業,安軌徐歩,洋洋習習,聲烈遐布。
    含顯媚以送終,飄餘響手泰素。


    若乃高軒飛觀,廣廈閑房;
    冬夜肅清,郎月垂光。
    新衣翠粲,纓徽流芳,足器泠弦調,心閑手敏。
    觸媲如志,惟意所擬。
    初渉《淥水》,中奏《清徴》,雅昶《唐堯》, 
      終吹《微子》寬明宏潤。
    優遊躇躊。
    拊弦安歌,新聲代起。

    歌曰:“淩扶搖兮憩瀛洲,要列了兮爲好仇。
    餐沆薤兮帶朝霞,眇翩翩兮薄滅遊。
    齊物兮超自得,委性命兮任去留。
    激清響以赴會,何弦歌之綢繆。”

    於是曲引向闌,衆音將歇,改韻易凋,奇弄乃發。
    揚和顔,攘皓腕,飛纖指以馳鶩,紛礎矗以流漫。
    或徘徊顧慕,擁鬱抑按,盤桓毓養,從容秘玩。
    闥爾奮逸,風駭雲亂。
    勞落淩厲,布濩半散。
    十融披離,斐鏵韡奐爛。 
    英聲發越,采采粲粲。 
    或問聲錯糅,状若浼赴,雙美並進,駢馳翼驅。
    初若將乖,後卒同趣。 
    或曲而不屈,直而不倨。
    或相淩而不亂,或相離不殊。 
    時劫掎以慷慨,或怨而躊躇。
    忽飄飄以輕邁,乍留聯而扶艫,或參譚繁促,
      複疊攢仄,從橫駱驛,奔遁相逼。
    拊嗟累贊,間不容息,壤豔奇偉,帥不可識。
    若乃閑舒都雅,洪纖有宜。
    清和條昶,案衍陸離。
    穆温柔以怡懌,婉順敘而委蛇。
    或乘險投會,邀隙趣危。
    嚶符離鴣鳴清池,翼若遊鴻翔曾崖。
    紛文斐尾,琳繆離緬。  
    微風餘音,靡靡猗猗。
    或摟抱櫟捋,縹繚澈冽。
     輕行浮彈,明嫡隙惠回。
    疾而不速,留而不滯。  
    翩綿飄邈,微音迅逝。
    遠而聽之,若鸞風和嗚戲雲中;迫而察之,
    若衆葩敷榮曜春風。
    既豐贍以多姿,又善始而令終。
    嗟姣妙以弘麗,何變態之無窮。
    若夫三春之初,麗服以時,乃攜友生,以邀以嬉。
    涉蘭圃,登重基,背長林,臨清流,賦新詩。
    嘉魚龍之逸豫,樂百卉之榮滋。
    理重華之遺操,慨遠慕而長思。
    若乃華堂曲宴,街友近賓,蘭肴兼禦,旨酒清醇。
    進南荊,發兩秦,紹陵陽,度巴人,變用雜而並起,
    竦衆聽而駭神。
    料殊功而比操,豈笙龠之能倫。

    若次其曲引所宜,則廣陵止息,東武太山。
    飛龍鹿嗚,鵾雞遊弦。
    更唱叠奏,聲若自然,流楚窈窕,懲躁雪煩。
    下逮滔俗,蔡氏五曲。
    王昭楚妃,千里別鶴。
    猶有一切,承間篷乏,亦有可觀者焉。
    然非夫曠遠者不能與之嬉遊,非夫淵靜者小能與之閑止。
    非放達者不能與之無吝,非至精者不能與之析理也。
    若論其體勢,詳其風聲:器和故響逸,張急故聲清;
    閑遼故音癉,弦長故徽嗚。
    性沽靜以端理,含今德之和平,誠可以感蕩心志,
      而發泄幽情矣。
    足故懷戚者聞之,莫不憯懍慘淒,愀愴傷心,
      含哀懊咿,不能自禁。
    其康樂者聞之,則歟愉歡釋,撲舞踴溢,
      留連瀾漫,嗡噱終口。
    若和平者聽之,則怡養悅念,淑穆玄真,
      恬虚樂古,齊事遺身。
    足以伯夷以之廉,顔回以之仁,比幹以之忠,尾生以之信,
      惠施以之辯給,萬石以之訥慎。
    其餘觸類而長,所致非一
    同歸殊途,或文或質。
    總中和以統物,鹹日用而不失。
    其感人動物,蓋亦弘矣。
    于時也,金石寢聲。
    匏竹屏氣。
    王豹輟謳,狄牙喪味。
    天呉踴躍於重淵,喬披雲而下墜。
    舞磁鸑鷟瓷於庭階,遊女飄焉而來萃,感人地以致和,
      況蚑行之衆類。
    嘉斯器之懿茂,詠茲文以。
    永服禦而不厭,信古今之所貴。


    亂曰:愔愔琴德 不可測兮 體清心遠 邈雄極兮
        良質走手 遇今世兮 紛綸翕響 冠衆藝兮
        識音者希 孰能珍兮 能盡雅琴 唯至人兮

     

    中國歌謡①

      同胞受苦,河山待復。沈愔淸奏,靜穩起來

      何度か引用したことがある詞句。 曾,我我の同胞である日本人が
      長年にわたって,彼の地,にもたらした兵燹,災禍
      これは,彼らの抵抗のうた。
      應該自衛。佳い歌だと思う。
      絶不輕言戰鬪 ぜったいあきらめない
      中國人の心,河山天地そのものであるという本實がある。
      その意思,とは。

      日本にこのような歌ありますか?
      自衛とはこういうこと(日本人不知道“自衞”戰爭)
      “絶不輕言”  

       

     
    《我是中國人》  Wo shi zhongguo ren (主唱 :鳳飛飛) 


    沈默不是懦弱      Chénmò bùshì nuòruò
    忍耐不是麻        Rěnnài bùshì má
    儒家的傳統思想,   Rújiā de chuántǒng sīxiǎng
    帶領我們的脚      Dàilǐng wǒmen de jiǎo
    八年艱苦的抗戰,   Bānián jiānkǔde kàngzhàn
    證實我堅毅的民    Zhèngshí wǒ jiānyìde mín
    不到最後的關    Bù dào zuìhòu de guāntóu
    絶不輕言戰       Jué bù qīng yán zhàndòu



    忍無可忍的時,      Rěnwúkěrěn de shíhòu
    我會挺身而        Wǒ huì tǐngshēn ér chū>
    同胞受,河山待   Tóngbāo shòu ,Héshān dài
    我會牢牢記         Wǒ huì láo láo jì zhù
    我不管生在哪裡,      Wǒ bùguǎn shēng zài nǎlǐ
    我是中國人           Wǒ shì zhōngguó rén

    無論死在何,        Wúlùn sǐ zài hé chù
    誓做中國魂           Shì zuò zhōngguó hún

         宋韻 魚模韻 木歩族出苦復住處
             尤侯韻  候頭鬪 

    沈默は懦弱ではない
    忍耐は麻木(愚鈍)ではない 
    儒家の傳統思想が我我の脚歩を帶領(引導)した
    八年,艱難辛苦の抗戰
    堅毅の民族は實證した
    最後の關頭にあったとて戰鬪を輕がるしくは言わない(絶對放棄しない)
    忍びがたきを忍ぶ時候我,挺身して出(いず)るをおしまぬ
    同胞は苦しみを受けとめ山河は復すを待ちつづけた
    我は牢牢記住(ぜったいわすれない)

    我是中國人
    我らどこに生まれ生きようと我是(われは,)中國人
    もちろんどこに死のうとも誓わん中國の魂たることを



       換韻結句風,“人”,“魂”,もまた悽其寥寥として凄烈・・・・  意譯玄  



    その罪深さをおもえば。この句の意味,歌の成り立ちをおもえば,刺耳。
    痛みを感じ,初めて聴いたときは涙があふれた。 
    美しい旋律ゆえいっそう。
      
    險しく嚴しい中國的愛國。 詞の風格は淡雅,樸素。
    戰後長年うたわれてきて中國や臺灣の音楽業界,中國映畫,香港電影などに,
    少少詳しい日本人なら,耳にしたことがあるだろうと思う。

    ひとりの中國人と親しくなってから,あるときこの歌をおそるおそる口ずさんだ。
    一抹の不安も覺えながら。でも歌うことをよしとしてかつ倶にあわせてくれた。
    我記得很清楚。志趣相投,成爲好友LiLi 謝謝妳 
    詩餘 句裂 偈

    詩囚

    Author:詩囚

    自作の詩ほか
    五言絶句を中心に四句偈,詩餘
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